#242 『Rival Sons/Pressure & Time 』2012年 明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願い致します。 って、誰にいっているかわからないが。それはこのblogを読んでいる お知り合いの皆さんと今年出会うすべての人々に対してである。 あっという間の年越しで正月で、それも終わり、慌しく1月も中盤に入ろうとしている。 まったくもって速い。速すぎる。異常だ。今年もあっという間に終わるだろう。 もうすぐ2013年がくる。 今年の年末年始は特に忙しかった。仕事も忙しかったが、なんとか30日で片がついた。 もっと忙しいのは息子が1月に引越しするので、それなら自分らでやってしまえと 毎日車で引越ししていた。それも正月5日までに完了。 2日は姫の実家に新年のご挨拶と毎日外出しておりかなり疲れた。 それでも箱根マラソンは見た。非常に面白かった。 今年は箱根に遊びに行きたい。 毎年年賀状は姫が100枚くらい出しているが、わたしは1枚も書かない。 昔からそう。年賀状はほとんど書かない。 中学生のとき10枚くらい書いたのが最高記録。 しかし自分では書かないが人からもらった年賀状を読むのは好きである。 で、気がついた。やはり年賀状は写真がないと全然つまらない。 まったくもって圧倒的に写真がないと意味をなさない。 字だけの賀状は3秒も見ない。写真はすごい。情報量が全然違う。 写真1枚で、そこの家族の現状が一目でわかる。 とにかく写真がない年賀状はつまらない。 1番ひどいのは印刷のみのもの。これはひどい。誠意も思いいれもなにも感じない。 形式主義かアリバイ造りという感じ。「わたしは出したから。」と言っている感じに見える。 商売やお店の賀状のほうがまだ愛想がある。 ま、1枚も書かないわたしが言える立場ではないが。 直筆で一言入っているのはいいが、ただ文字が印刷だけのものは これなら出さないほうがいいとさえ思える。 もっとひどいのは忙しくて忘れたのか、差出者の名前も住所もないのがある。 ただ裏に謹賀新年の印刷だけ。誰から来たのかわからないのがたまにある。 相当の慌てものだ。 そうまでして出さなくてもいいのにとわたしなどは思ってしまうが。 というわけで、わたしは2013年は家族全員の写真を入れた賀状を制作する予定である。 もういまから構想を練っているのである。 で、引越し疲れで正月横になって聴いていたのは、Rival Sons。 「Pressure And Time 」のイントロを聴いた瞬間ニンマリである。 ハードロックでかなりうるさいが、ギター、ボーカル、ドラムのアンサンブルが ああ気持ちよい。 これこれ。細胞が蘇る。あの時代に魂が里帰るのである。 特にドラムスの重量感が完璧に70年代のZEPPLINのサウンドで 懐かしくも気持ちがよい。曲も素晴らしい。 スカスカの演奏アンサンブルもアレンジも最高で あの70年代の黄金律をしっかり引き継いでいる。 騒々しいが、このサウンドは極楽です。 このアルバム2011発売のバリバリの今のバンドだが音は完全に70年代。 こういうサウンドを継承しているバンドを発見することも今年の老後の楽しみである。 ただし不満点もある。やはりサウンドは70年代でもボーカルはあの時代ではない。 音楽的に非常にうまいボーカリストだろう。技術は凄い。だが味がない。 しかしこれはないものねだりかも。 とにかく70年代のボーカリストは凄かった。凄いボーカルイコール、バンドの凄みだった。 そんなのが今の時代そんなにゴロゴロいるわけがない。 だってあの時代、ロバート・プラント、スティーブ・マリオット、ポール・ロジャース 、ロッド・スチュアート、デビッド・カバーディル、ミック・ジャガー、サミーヘイガーの全盛期。 更に、ヴァン・モリソンやグレッグ・レイクやフレディ・マーキュリーもいた。 それが普通だと思って聴いていたのだから、まあ物凄い時代だったのである。 とはいえ、このRival Sons。かなりいけます。 #241 『Michael Bublé/Christmas 』まあ今年も早かった。 もう終わり。クリスマスもすぐだ。それが終わったらもう正月。しかし早い。毎年思うが早い。早すぎる。人生あっという間に終わるのだろう。 で、寒い。今年は先週くらいから極端に寒くなった。 まあ寒かったが今週の冷え方は南極並だ。 バス停で待っていると凍死しそうだ。 ただTV「南極物語」は1度も観なかった。 犬を置いていく奴なんか絶対見るか。 「家政婦のミタ」はすべて観た。 あれは凄く面白い。松嶋菜々子は凄い。 で、他に見ているのは「深夜食堂2」。しかし本日で終わり。 洋モノだと「ライ・トゥ・ミー」。 ところで昨日の朝の丸の内線は凄かった。 電車の広告がすべて映画「ミッションインポシッブル」 の宣伝写真だった。それもすべて。 つり革、天井、窓の横とすべて映画の スチール写真かポスター。しかも全車両すべて。 それ以外のものは1つもない。 ここまで徹底した広告戦略は見たことがない。 前代未聞だ。トムくん。むちゃするなあ~。 と、わたしは唖然として地下鉄の車内にいた。 いやあ~それにしても凄かった。電車まるごとだもの。 わたしの乗った電車だけだったのだろう。 いやそんなはずはない。あの時間帯すべてそうだったのだろう。 東京メトロ全部そうだったのだろうか?恐ろしい。 当然映画は大ヒット中。 年末か正月明けにIMAXの映画館で見ようかな。 ちなみに帰りの電車は元に戻っていた。 逆にIMの広告はなし。 というわけで、今年のクリスマスのアルバムはなにがいいかと考えたが、 今年は非常にいいアルバムが出揃った。 といってもすべて今年に出たわけでもないが。 わたしが選んだ特にいいのが、 Brad PaisleyとLady Antebellum、Michael Bubléだ。 どれも非常にいいが、今年はMichael Bubléが1番いい。 このアルバム、クリスマス関係なく非常にいい出来だ。 ブーブレは昔から好きでは普段はそれほど聴かない。 で、たまに聴くとやはりいいと思う。 なぜか顔があまりに好きではないので聴かないが、やはり聴くと凄い。 まず彼は歌がうまい。JAZZにとどまらずどのジャンルのどのような曲調も あまりにもうまく歌う歌唱力をもっている。 「Jingle Bells」や「Frosty the Snowman」のスイング感は素晴らしい。 この歌唱を聴くとシナトラの後継者は彼で決まりかも。それほど素晴らしい。 「White Christmas」におけるバラードの歌唱も余裕とゴージャス感に溢れており 素晴らしい歌手である。しかもなかなか個性的でオリジナリティもある。 実力は凄いがあまりにそつがなくて日本では受けにくいアーティストかもしれない。 しかし聴くと実力は誰でもわかる。しかも楽しい。 非常にクオリティの高い音楽をやっている。 演奏は豪華。アレンジもなにもかもすべてがゴージャス。 ショービスのきらめきが眩いほどで現在ガタがきている バリーマニロウを軽く凌駕してしまったようだ。 あえて欠点といえば、やや哀愁味に乏しいかも。 切なさ悲しさわびしさがちょっと足らない気がしなくはないが。 ただこれもあえてケチをつければの話で見当違いかもしれない。 ま、それくらいで聴いていて安心できるアーティストである。 というわけで、こういう企画ものというか 定型的なアルバムは彼は非常に力を発揮する。 楽しくクリスマスを過ごせる極上の音楽である。 いやあ~今年もしんどかったが、 このアルバムを聴きながらクリスマスを過ごせることは、 とりあえず、めでたしということか。 来年はなんとかいい年にしたいものだ。 #240 『Starbuck/Moonlight Feels Right/Rock 'N' Roll Rocket ] スターバックのよさを延々1時間膨大な量書いたが、プログラムエラーで全て消えてしまいました。 どうしたんだろう? 最近やたらよく起きる。 いつも書いたものが消える。 それも大量に書くと必ず起きる。 スターバックは本当に楽曲が素晴らしい。 全曲素晴らしいメロディとアレンジで本当に凄いいいバンドである。 #239 『RUSH/Fly By Night 』 前回紹介したバッジーと個人的には非常にだぶるバンドがRUSHだ。わたしには、この2つのバンドはハードなサウンドといい、重いリフ、多彩な演奏アレンジ、ボーカルのハイトーンボイス、3ピース編成とよく似ているので兄弟バンドのような感覚である。 どちらも大好きだが、ラッシュに比べてバッジーは人気もセールス実績も相当落ちる。そこがバッチーは可愛そう。だからちょっぴり半官贔屓したくなるのだ。ただ音楽的素晴らしさは贔屓なんかしなくても同格だと思っている。 ただ、なぜRUSHのほうが売れるのかもわかる気がする。(とはいえ、70年代後半までなかなか売れず今だ日本ではB級扱いだが)。まずRUSHのほうが曲展開が速い、多彩、めまぐるしい。バッジーもだんだんエンジンが掛かってかっこよく展開するが、スピード感、アレンジの徹底度はRUSHのほうが遥かに上だろう。 だがRUSHの嫌いなところもある。実はヴォーカルのゲディ・リーの声が金切り声で歌い方が嫌い。前にイエスはボーカルの声が嫌いだからイエスも嫌いといったが、ラッシュはボーカルの声が嫌いでも大好き。そこがイエスとは違う。それほどRUSHのサウンドとアレンジはかっこいい。 で、前回紹介のバッジーの超強力アルバム「Bandolier」に対抗できるラッシュのアルバムとなると「Fly By Night」が断然いいだろう。ラッシュは大作、傑作がいくつもあるが、シンプルにRockサウンドや演奏アレンジがかっこいいアルバムならこのアルバムを推したい。とにかくこのアルバム、タイトでスリリングな演奏を楽しむという点だけでいえば凄いアルバムだ。ただこのジャケットは問題。これじゃ当時('72年くらいか)も完全無視のアルバムだったのもうなづける。当時こういう意味不明のジャケットは日本では自殺行為だった。ま、Fly By Night だから意味不明でもないのだが。。。 ただ中身は最強最高。まず曲がいい。全曲最高にPOPでかっこいい若々しいRockが堪能できる。しかも現在のRUSHでは味わえない生身のワイルドな演奏に堪能できるのである。これは相当贅沢なことである。新鮮な素材一発の最高の料理が堪能できるという感じである。 どういう意味かというと、基本的に音楽性や演奏テクニックは修練して磨き上げるということがいいこととされている。特にクラッシックなどは凄まじい修練が必要となる。しかしこれがRockになると、必ずしも磨き上げることがいいこととは限らない。荒削りでワイルドな演奏というのがRockではしばし良いこととして受け止められる。 というわけで、現在のラッシュあるいはこのアルバム以降のラッシュの演奏はどんどん進化して構成も演奏も複雑になり、シンセアレンジで時に大仰と、良くも悪くも洗練されていく。ただそれは生身のRockバンドの爆発力と鮮度を失っていっていることでもある。 だからこのアルバムの演奏は、ある意味現在のラッシュよりは稚拙かもしれない。だがRockの凄みはこちらのほうがダイレクトに伝わってくる。 オープニングの「Anthem」が、とにかくハードでタイトでかっこいい。70年代Rockの奇跡のようなグルーブ感、多彩なアレンジも抜群だ。楽器間の阿吽のアンサンブル、そこから発生するうねるダイナミズムが、あまりにもかっこいい。シンセはなく、3ピースRockの塊のような弾む演奏がホント気持ちいい。 「Best I Can 」も同じくタイトでキレアジ抜群のかっこいいRockチューンで、今の大仰で荘厳なムードは微塵もない。まあ、とにかくギターソロがむちゃくちゃかっこいい。「Beneath, Between & Behind 」は1番ZEPPLIN的な曲調、サウンドアレンジといいかなり近い。だが演奏は本家より巧いかもしれない。現在のRUSHから考えたらかなりシンプルな構成といっても、アンサンブルアレンジが抜群で本当にRUSHの演奏は展開が速くて聴いていて楽しい。 「By-Tor & The Snow Dog 」は出だしはシンプルなRockと思いきやかなり凝った構成で聴き応えがある。「Fly By Night」は1番POPな曲で本当にキャッチーでシングルヒットを狙えるほどかっこいい。この曲はRUSH初期を代表する傑作な楽曲だろう。これまた演奏のアンサンブルが抜群にかっこいい。 「Making Memories 」はPOPなメロディとアコギサウンドナンバーで素晴らしい。アコギナンバーのリーの声は深みがあって好きだが。「In The End 」も恐ろしくリフのかっこいい最高のRockである。RUSHは70年代当時からずいぶん長くZEPPのフォロワーでB級という評価だった。まったくなんというひどい時代だったのだろう。当時は自立したまともな音楽メディアは存在していなかったのだろう。 ま、とにかく個人的には、現在及び後期のRUSHより評価の低かったこの頃の方が好き。やっぱりRockは演奏アンサンブルのかっこよさ、サウンドアレンジの作りが命である。この頃のRUSHの演奏はそういったリフやフレーズが雨嵐で沢山あり、それを余裕のテクニックでスピード感豊かにタイトに演奏するのだからそりゃ極上でしょう。「Fly By Night 」を聴くと、やはりこの時代のRockは最強、かなうものがないほど魅力的であるということがよくわかる。 #238 『Budgie/Bandolier』 情報というのは更新されなければ意味がない。しかもスピードが命だ。古い情報のままだと命取りになる。 なんの話かというと、わたしの内部の更新速度は恐ろしく速い。秒単位かもしれない。数秒後には違う価値観になっているので、誤解されぬよう早く最新情報を届けないといけない。 実は以前、このblogでバッチーを紹介した際、まったく才能がないとこき下ろしたのだが、あれは高校時代聴いた「インフォーザ・キル」があまり面白く感じなかったという話であって、わたしはバッジーの大ファンなのである。たぶんラズベリーズの次くらいでFOGHATやQUEENと同じくらい好きだ。そしてバッジーの才能はRUSHを上回ると思う。 しかしバッジーがここまでPOPな楽曲と洒落たアレンジの魔術を持っているとは驚きだ。 なんか3ピースでサウンドもボーカルもバッジーとRUSHはよく似ている。RUSHはあまりに楽曲とアレンジが巧いのであのバンドにかなうまいと思っていたが。なんのバッジーの全アルバムを聴くと物凄い才能であり、楽曲もアレンジもRUSHよりも上かもしれない。 それほどこのアルバムは楽曲とアレンジがかっこいい。もう疲れた身体にギターの音が染み込む。まずオープニングの「Breaking All the House Rules」のギターリフのかっこよさ。あまりに魅力的で眩暈がする。更にメロディ、テンポとZEPPLINの「ロックンロール」によく似ており、めちゃめゃかっこいいナンバー。 続く「Slipaway」の幻想的なギターの響き。いやはやこれも凄い。アコギが宇宙のように部屋全体を包む。魅力的なバラードだ。ちょっとこれを聴いた人は驚くのではないだろうか。これはROCK史上に燦然と輝く名曲だ。バッチーにこんな曲があったことを驚愕してしまう。サウンドアレンジも心地よく完全にRUSHを上回っている。この曲を聴いていない人生は非常にヤバイ。この曲だけでこのアルバムを買う価値はある。 続く「Who do you want for your love」になるともっと驚く。サウンドほとんどフュージョンで、今聴いてもモダンでかっこいい。けたたましいハードロックのイメージは微塵もない。なんという多彩な楽曲でアレンジも凄い。これまたアレンジの鬼のRUSHを軽く凌駕している。ファンク調とプログレとハードロックが融合した大傑作。 「I Can't See My Feelings」などむちゃくちゃPOPなメロディとギターリフで、ヴォーカルを差し替えたらラズベリーズでも通用しそう。「I Ain't No Mountain」もシングルヒットしそうなほどPOPなメロディだ。アレンジも多彩でお洒落で、これじゃAORだ。バッジーってヘビメタじゃなかったの?と唖然とする洒落たサウンド。メロディとコーラス、サウンドがそっくりで、なんかエンジェルを聴いているようだ。 とにかくこのアルバム、全曲信じられないほどPOPで、楽曲の作りとアレンジが圧倒的に素晴らしい。文句なく70年代の最高作に推したい。 #237 『Bajofondo Tango Club』 いやはや怒涛の3連休攻撃が最近凄い。毎週3連休のようなイメージ。しかし日々の仕事疲れと、不景気、気分も重い、金無し時間無しとどこへ遊びに行く気にもならない。先月初めて息子のマンションへ遊びに行ったが、もう彼が引越して1年以上になる。やっと1年ぶり訪ねたことになる。まったく時の流れる速さたるや信じられない。 しかし最近遊びは控えているが、ボランティアの掃除など頑張っている。先週も朝4時半に起きて駅の広場の掃除に行った。早朝たくさんの方が頑張ってお掃除をしていた。我々の目の前を飲み屋やカラオケバーから出てきて始発に乗って帰る若者達がふらふら通っていく。大声や奇声を上げたり元気だ。タバコの吸殻のポイ捨てもいる。わたしが若者だった頃はああいうことは出来なかった。徹夜で飲むことはあっても常に掃除をしている方には敬意を持っていた。今後も世のため人のために真面目に誠実に生きていこう。 で、本日は町内会の掃除。もう気が狂ったようにきれいにしてやる。と鬼の形相で頑張った。B型だから狂うと凄まじい。命をかけてやるのだ。お陰で全身筋肉痛。さっきまで意識不明で寝込んでいた。 ウウつ~とやっと体を起こし、茶をのみしばし休憩。体をいたわるBGMがほしい。そんなときはタンゴだ。実はここ最近1番好きな音楽はタンゴでよく聴いている。生活の主流はJAZZではない。実はわたしはタンゴが1番好きだ。落ち着く。身体に染み込む。ビアソラを1番聴いている。特に狂ったのはここ5年くらいで異常に好きになった。 とはいえ思い返すと20代の頃もちょこちょこ聴いていた。南佳孝さんや山本達彦さんのアルバムにも必ずタンゴの曲は入っていたし、もともと好きだったのだ。 とはいえ、タンゴはROCKやJazzのように膨大なアーティストの膨大なアルバムが手に入るわけではないので、そんなに多数のアーティストを聴いているわけではないが。サウンドがタンゴだったらなんでもいいという感じはある。 基本ビアソラやRガリアーノの古典派が多いが、最近はBajofondo Tango Clubが非常にいい。このBTCは、タンゴといっても、オープニングの「Montserrat」をはじめ、かなりプログレッシブでデジタルビートでエレクロリカルなリズムでモダンでお洒落。たぶん原宿や代官山のカフェやレストランでかかっているような最新音楽だろう。とはいえ、あのバンドネオンのリリカルな響きはタンゴであり、モダンでありながら切ない。リズムがモダンすぎてかっこいいのだがタンゴ本来の情熱的な色気はない。 ただ非常に楽で気持ちいい。アコギも絡むと、ホントお洒落。タンゴでもありボサノバのようにも聴こえる。ちょっとこの音楽のカッコよさ、センスは脱帽です。例えば「Los Tangueros 」みたいな全体をストリングスがリズムを刻み、その中間をリードギターのようにバンドネオンをソロを入れるアレンジは発想はRockであり、こういう作りがあまりにモダンでかっこいい。いやはやタンゴは、はまると麻薬的に気持ちがいい音楽です。タンゴはいい。1番いい。 #236 『Steve Howe/Beginnings』昔、「わたしはイエスを信じない」という映画あったような記憶があるが。調べたらやっぱりなかったらしい。「ジーザスクライトスーパースター」や「パッション」のシーンと混同しているのかもしれない。 で、実はわたしはロックバンドのYESが嫌いである。勿論たまに聴くアルバムもあるが、基本的には嫌い、あるいは苦手である。一応リアルタイムで、「こわれもの」や「危機」は買って聴いていたので70年代当時はそれほど嫌いでもなかったのだろう。 今一度、わたしが嫌いなアーティストを並べてみると、ニール・ヤング、ボブ・ディラン、カーリー・サイモン、ジャクソン・ブラウン、ジェームス・テイラー、パトリース・ラーシェン、イエス、エイジア、スティックス&産業ロックバンドなど。 カーリーサイモンなど意外な気もするが、なんか歌が大味なのね。1曲なら好きな曲もあるがアルバム全曲なんてとても聴けない。聴くと頭にいつも口のでかい女のイメージが浮かんでダメだ。なんか彼女の顔見てるとウルトラQのカネゴン思い出すのね。でもカネゴンは好き。ただカネゴンみたいな顔した女の歌なんか聴きたくないと思うだけ。ちょっとしつこいか。 ジャクソン・ブラウンはいいアーティストで「ホールド・アウト」など大好きだが、所詮歌詞がわからないので通ぶっても彼の本当の世界は理解できまい。JTもほぼ同じ理由で声も金属的で平板。勿論実力は理解しているので大好きなアルバムもある。要は歌詞もわからずに、わかった風には思えないということ。「レイト・フォー・ザ・スカイ」なんか、当時ML誌で☆5だったので買って聴いたが地味でいまだよくわからない。訳詞は面倒くさいので読まない主義。ま、読んでもさっぱりわからない。 ここに挙げた全アーティストの音楽性や才能を否定するつもりはない。中にはアルバム単位なら大好きなものもある。ただ基本的に生にあわないのである。あくまでわたし個人の感覚なので、食べ物も好き嫌いと同じ考えてもらえればいい。世の中、霜降り牛や大トロでも油濃くて嫌いな人もいるわけだから。ま、人それぞれ。 で、イエスを嫌いな最大の理由は、ジョン・アンダーソンの声。あれはダメだ。わたしには生理的にあわない。おっさんが聖歌隊のような声で歌うのはオカルト映画に見える。気持ち悪い。ハスキーで美しい、そして高い。だめだ。オーメンを思い出してしまう。とはいえオカルト映画は好きだが。ま、とにかく生理的にだめな牛乳を飲まされているような不快さ。 ただイエスのサウンドもいまいち冗長でモタモタ感じる。プログレだから冗長でノロノロやるのは当たり前だが。20代の頃、うちの会社にバイトに来ている学生がロックバンドでリード・ギターをやっておりイエスの大ファンだった。その彼とわたしの先輩の元天才ギタリストSさんが話した。よせばいいのにバイトの彼はイエスのテープをSさんに渡した。聴いたSさんは「演奏があまりに幼稚」と彼にマイルスの「ビチェス・ブリュー」を渡したがバイトくんはさっぱり気にいらなかった。 わたしも当時はイエスは聴かない年代で、マイルス一辺倒だったので久々にイエスを聴いたら幼稚に聴こえた。というよりROCKという音楽全部が子供向けの幼稚な商売音楽に聴こえたものだ。実はその後、何十年かかって、それこそが、そういった感覚も含めてROCKがすばらしい音楽と再認識するのだが。 で、わたしは当時も今でもイエスは好きではないが、なぜか各メンバーのソロアルバムは大好きなのである。1番すきなのは「Steve Howe」。なんかスカスカでゆるくていいのね。テーマもストーリー性もなくクラシカルだけど本気モードのクラシックではない。悪くいえば非常に中途半端。 でもこの半端かげんが、真に気持ちよい。BGMには最適だ。適度に聴こえるギターが、教則本のようでまったく才能がないようなフレーズを奏でるのが、また楽でいい。最高です。ハウは中途半端感覚の天才ではないだろうか。クラッシックのミュージシャンが飯が食えないのでRockをやっているような中途半端な感じの演奏がなぜか妙に心地よい。たぶんこの心地よさは、彼らには我々日本人のようにRockとクラシックの境界線がないのだろう。どっちが高度だとか金になるとかあまり偏見がない。たぶんそのピュアな感覚が心地よいのだろう。 彼のアルバム、サウンドの素晴らしさを説明するのは難しい。適当でゆるいイエスサウンドにジョンのボーカルがないのがとても落ち着いてリラックスできる。あと、プチクラシカルというか、なんちゃってクラッシック(本人は本気だろうが)ぽいサウンドが安らぐ。 本ちゃんのクラシッックって、結構どたばたやかましくて緊張するしエリート意識も感じられ官僚ちっく。そう。ハウは緊張がない。クラシカルの穏やかで美しい部分だけが抽出されているからいいのかもしれない。彼のソロアルバムはどれも同じようで中途半端クラシカルRockで、どれも最高に心地よい。よく眠れる。 #235 『Area/1978』本日のニュースで俳優の杉浦直樹さんが亡くなられたことを知ったが、大好きな俳優だったのでかなりショックである。悲しいというより残念。我々80年代にTVドラマやシナリオを勉強しているものにとって、あの時代、あくまで通の間では杉浦さんの評価は絶大だった。ようするに山田太一さんのドラマには欠かせない役者だった。NHKドラマの「今朝の秋」や「「結婚まで」の存在感は強烈だった。確かに「岸辺のアルバム」もいいが、杉浦さん個人の印象でいうと前出の2作品が圧倒的に素晴らしかった。 ご冥福をお祈りします。 というわけで、本日紹介はアレア。個人的には歴史上、プログレ界最大にして最高のバンドだ。それも、ぶっちぎりで。70年代中盤、当時わたしが高校生の頃がハードロックとプログレの人気がピークで二分しており、全米チャートもこの両ロック界のスーパーバンドが席巻していた。 当時のプログレ人気トップはEL&Pとイエス、そしてピンクフロイドがBIG3だろう。キング・クリムゾンはいまでこそカリスマだが、当時の人気はそれほどではなくBIG3の次ぐらいか。ジェネシスなんかは日本ではほとんど人気はなかった。ただこれはあくまでも人気、売上げの話で音楽性や演奏レベルの順位ではない。 で、プログレが売れるからどんどんレコード会社はスターを発掘させたいが、プログレは音楽も演奏レベルも高いので、そうそう膨大には登場しない。 各レコード会社もPFMとかイタリアのバンドが売れたので、「おっ」と思ったのか、どうかはわからないが、あるレコード会社で当時ユーロ・ロックシリーズというものがはじまった。ヨーロッパのプログレバンドを一挙紹介するシリーズである。どういう基準でセレクトされたアルバムであるか我々は知らない。しかし、これはこれで我々は結構楽しんだ。格闘技界と同じで、まだ未知なる強豪がたくさんいることをほんのちょっぴり知った。 ただ英語で歌っていないバンドが多く最初は違和感があったが。で、毎月5枚くらい発売されるこのシリーズは6回くらい続いたらしが、盛り上がったのは2回目くらいまでか。いつのまにかなくなった。 第1シリーズの売り物はフランスのバンド、アトールの「夢魔」に特に力を入れていた。とにかくこれだけは売りまくろうとしていた印象だ。ま、そこそこ売れたらしいが。 で、わたし的にはイタリアのバンド、アレアにはまった。このシリーズでは地味で当時の音楽雑誌でもほとんどスポットを浴びていない。ただ当時このボーカルは、あまりにぶっ飛んでいて、とても高校生の手に負えるものではなかった。友人などは「この人、頭おかしい」とまったく受け付けない。 わたしもいまなら大好きだが当時はやりすぎに思えた。ただすぐに慣れた。このバンド、ボーカルはちょっと置いといて、とにかく演奏技術が物凄い。2011年の今聴いても物凄い。で、構成、アレンジがめちゃめちゃお洒落。これはROCKというより、ほとんどJAZZである。全盛期のウェザーリポートを聴いているようである。とにかく凄い。とにかくアレアを聴くとあまりにスリリングでKクリムゾンがSMAPに聴こえるほどPOPだ。アバンギャルドが売りもののドイツのCANですらAKB48に聴こえるほど凄まじい。 ま、こう表現すると、どれほど難しくて訳がわからん音楽かと恐れをなしそうだが、ベースはホントかっこいいプログレッシブロックである。でもこの当時のイタリアの若者は物凄い。まあ才能といえばそれまでだが。 1番かっこいいのが「Acrostico In Memoria Di Laio」で、これはベースとピアノがもう凄くて楽しい。ザビヌル&パストリアスを軽く凌駕している感じ。そこにあの、はちゃめちゃボーカルのデメトリオストラトスが歌うというか語る。これ既にラップだ。とにかくこのボーカルは人生最大の革命的な衝撃を与えてくれる。とにかく彼は歌うというか声の楽器。といってもアル・ジャロウとかがやる上品なものではない。 まあ唸る、喋る、叫ぶ、ヨーデルで延々アドリブしながら叫び歌う。もう完全にあっち側にいっている。だが不快ではない。ちゃんと音楽的楽しさと、しっかりとしたテクニックを感じる。 アレアは、わたしが夢にまでみたアバンギャルドとPOPを同時味あわせてくれた、はじめてのバンド。これを聴いているとあの70年代のマイルスでさえ冗長で幼稚な音楽に聴こえるほどだ。なぜかピアノの音が異常にPOPでスリリングで、アバンギャルドだと思いながらビートルズを想起したりもする不思議さ。演奏はブランドXも想起するが、あれほど整然としていないから益々スリリングだ。 彼らは全作傑作でどれも凄いが、やっぱりこの「1978」が最初の衝撃といい1番強烈だし1番POPで好き。プログレというより、JAZZ/ROCKや現代音楽の中に入れてもトップに君臨する傑作だと思う。 人生が面白くないと思ったら、この世で最もスリリングなアルバム「1978」を聴いたほうがいい。そうすれば、この世には、まだまだ面白いものがあると勇気付けられるはずだ。 #234 『Brad Paisley/American Saturday Night 』前に最近の全米チャートはラップとカントリーだけだと書いたが、そのカントリー側のスーパースターで、現在人気、実力共No.1といっていいのがこのブラッド・ペイズリーだ。 わたしぐらいの年齢でこれだけ何十年と長く音楽を聴いていると、もうさすがにどんな音楽性やサウンドであろうと驚くことは少ない。それは悲しいことでもある。どんな音楽を聴いても、なんか過去のどれかの音楽に似ており、新鮮に心熱くなることはほとんどない。 で、このブラッド・ペイズリーも王道のカントリーサウンドと歌で非常に素晴らしい。だが音楽性やサウンドで驚くことは1つもない。それでも物凄く気に入った。心底魅せられた。根本的に素晴らしいのだ。ここ数年でこれほど魅せられたアーティストはいない。彼の「We Danced 」を聴いたときは金縛り状態だった。歌と歌唱に単純に引き込まれた。 その理由は彼の音楽家としての資質、実力、センスがあまりにも凄いからである。とにかく本物中の本物といえるほどクオリティが高いのである。 作曲の素晴らしさ、バンド演奏、声、歌唱力、ギターのテクニックと、すべてが超一級で文句の付けようがない。更にルックスもかっこいい。とまあ、ほとんどパーフェクトなアーティストである。 とにかく、この人曲がいい。全曲どの曲も名曲でつまらない曲が1つもない。UPテンポもバラードも深みがあって素晴らしい。そしてその名曲を圧倒的な歌唱で包む。声がよく、むちゃくちゃ歌がうまいです。単なる歌手としても凄いが、この人の本当の凄さはギターのテクニックもある。ギターインストアルバムもだしているだけにテクニックは物凄い。 わたしが1番好きな「Then」は本当に名曲で歌に引き込まれる。で、中盤とラストに出てくるギターソロの素晴らしさ。いやはや物凄い。これほど完璧なアーティストを聴いてしまうと他のアーティストがお粗末に聴こえて仕方がない。ブラッドの歌とギターを聴くと、クラプトンはかなり落ちる。声も歌唱力もギターも曲のよさも太刀打ちできない。クラプトンも好きだが、ブラッドを聴いてしまうとメジャーリーガーと町内会の草野球のひらきを感じる。あくまで個人的な感覚であるが。 「Oh Yeah, You're Gone 」は凄い名曲バラード。深い。まあしかし。このギター、めちゃめちゃ魅力的だ。ROCKもJazzもブルースも含んだようなフレーズと音色が素晴らしい。だが、曲があまりにPOPですぐにメロディを追い、でも彼の魅力的な声と歌唱を更に追いかけ、そこにまた、あの必殺のギターがキュイ~ンとくるとまあもう極上で気を失いそうだ。バイオリンとギターソロの掛け合いも非常に魅力的。 とにかく、ここまですべてが魅力的なアーティストをわたしは知らない。更にここまですべてにおいてクオリティが高いアーティストも知らない。 なぜ全米チャートのラップ主流にカントリーが対抗できるのかブラッド・ペイズリーを聴くとよくわかる。それは現在もっとも上質な音楽をやっているからだ。本国では新作を出せば一般チャートも初登場1位を獲得するほど人気アーティストであるが日本では国内発売されていないというが、こんなことでいいのであろうか。このレベルのアーティストがNo.1の人気を獲得していることにまだアメリカは救いがある。日本はK-Pop主流でもはや植民地である。音楽以外やスポーツでは国際的なアーティストが続々誕生しているのに残念だ。はやくだれか出てこいや。といいたくなる。 というわけで、ブラッド・ペイズリーはmここ数年でわたしが最も好きなアーティストである。勿論ドライブBGMとしても最適で、「You Do The Math 」なんぞはドライブが一層楽しくなること請け合いだ。圧倒的な魅力で第3回ドライブBGM大賞は楽勝でさらっていった。 #233 『ジョージ・ベンソン/ホワイトラビット』 「韓流ドラマ偏重すぎ」と、最近なにかと批判の多いフジTVだが、そのフジTVが毎週木曜10時に放送しているドラマ「それでも、生きて ゆく」は、ここ数年来のTVドラマでは出色の出来ではないだろうか。非常に素晴らしいドラマだと思う。 ただこのドラマ、重い内容なので視聴率は悪い。だが今後DVD発売等で再注目され、いずれは歴史的評価を受けるカリスマドラマになるのは間違いない気がする。やはりこういうドラマを見ると日本のTVドラマの水準は世界有数のクオリティで、とても韓国のドラマでは太刀打ちできるとは思えない。 で、このドラマ、音楽が辻井伸行氏だが、ドラマ内で流れるピアノの旋律は「オール・バイ・マイセレフ」そのまんまだ。伴奏で歌えるほどなのだ。ということはラフマニノフの旋律なのだろう。それにしてもまったく同じフレーズで、わたしはいつもこの旋律が流れると「オール・バイ・マイセレフ」を心の中で歌ってしまう。 ドラマ内容があまりに悲惨だが、役者の素晴らしい演技と純朴な風景、そしてこの美しいピアノの旋律が物語を救っている。やはりいつの時代も美しい旋律というものは人の壊れかかった心を修復し救う力があるのだろう。 というわけで、ラフマニノフやエリック・カルメンの旋律が好きな人には必須のドラマといってもいい。しかしここまで同じメロディなら、いっそのこと主題歌に「オール・バイ・マイセレフ」を使えばいいのに。キャストの演技、シナリオの作りといい素晴らしいドラマだが来週で最終回である。 で、こういうゆったりとした流れのドラマを見て、つい昔のことを回想してしまうのだが。20代前半会社から帰ってゆったり聴いていたアルバムにCTIシリーズがある。当時の大人気コンビ、ルディ・ヴァンゲルダー(録音)&ドン・セベスキー(アレンジ)のあのシリーズである。その中でも特に好きだったのがGベンソンの「ホワイトラビット」。ベンソンの最高傑作はやはり「ブリージン」だと思うが、個人的に1番聴いたそして1番好きなアルバムはこの「ホワイトラビット」だ。 内容はJAZZというよりイージーリスニング。フュージョンでもない。もっとゆるいイージーリスニングJAZZである。最初聞いたときは「なんじゃこれ」と思ったものだが、当時も今も何回か聴くと本当にリラックスできる。すぐに眠くなるのである。しかし演奏はわたしが最も好きなミュージシャン達だ。(ハービー・ハンコック、ロン・カーター、ビリー・コブハム、アイアート・モレイラなど。) 特にタイトル曲「ホワイトラビット」(なんとJエアプレーンのヒット曲がスパニシュJAZZに大幅アレンジされている)が軽いラテンイージーリスニング的でいい。「ブリージン」のベンソンを期待して聴いた人はがっかりするだろう。ほとんどスーパーでかかっているジャンクミュージックに近い。しかしそれがいいのである。このゆるさ。最高である。ゆるい演奏、ゆるいストリングスと、ここに緊張は1%もない。奥行きはないペラペラの音楽に聴こえる。しかしなぜか、ずっと聴いていると、不思議に架空のそれも懐かしい昭和の世界に引き込まれるのである。 とにかくドン・セベスキーの壮大なアレンジが素晴らしくストリングスとエレピが堪能できる。映画音楽のようで、いつもベンソンのアルバムということを忘れている。「想い出の夏」なんて映画音楽JAZZという感じで映像が浮かんでくる。ベンソンのギターもペコペコ聴こえるが単なる1要素に過ぎない。そういう作りがいいのである。間違っても70年代以降のブラコンではない。全篇スパニシュなアレンジなのでマイルスの「スケッチ・オブ・スペイン」を思い出すが。 はじめて聴いたのは35年以上前だろうか。30年以上いまだによく聴く。これは青春時代の最もよく聴いた最も思い入れのあるアルバムである。 #232 【エアロスミス/闇夜のヘヴィ・ロック(Toys in the Attic )】お盆休みの墓参りはGWに済ませたので、盆休みは都心で遊ぶ。というかチョロチョロする予定だった。盆と正月は都心はガラガラ。勿論観光名所はぐちゃぐちゃ混むが。当然そんなところには近づかない。 盆休み1日目は吉祥寺の蒙古タンメン中本で「北極ラーメン」に挑戦し、翌日は猛暑対策のためTosiくんの夏物スーツを池袋までオーダーに行った。(彼の体型はオーダメイドでしか合わないのである。)サンシャイン60は水族館リニューアルのため異常に混んでいたため、昼飯は違う場所へ避難。本当はワールドインポートマート内の伊豆栄で鰻重を食べたかったのだが。。混み方異常だ。(バブル時代、職場がサンシャインだったので伊豆栄の鰻重ランチは30回は食べただろう。懐かしい) で、その帰り、折角池袋までドライブしたのでIMAXシネマ豊島園へ。23区ではIMAX・3Dは唯一ここでしか見れない。豊島園シネマで映画「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」に行く。7/29から公開だったが、当初は混むのでここまで待っていたのだ。予想通り映画館はかなり空いていた。豊島園自体は混んでいたが、奇跡的に駐車場にも入れる。(ちなみに駐車場は映画上映時間分の無料券がもらえるので料金はかからない) それにしても映画「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」は凄い映像で大満足。この映画に設定もストーリーも全然関係ない。とにかく映像の凄さに2時間半はあっという間に終わる。前回観たIMAX・3Dの「パイレーツオブカリビアン」は人生最低につまらない映画だったが今回は人生最高に楽しかった。 で、あの映像と音響はIMAX・3Dでこそ威力を発揮する。もしこれから映画「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」を観る方がいらしゃるなら、絶対にIMAX/3Dで鑑賞することをお薦めする。あれはIMAX/3Dでないと勿体無い。この圧倒的なゴージャスな映像と音響の世界にわたしは人生最大の満足感を得た。いくら内容の欠点を突っ込んだり、偉そうに批判しても、あんな映像はニホンジンでは予算無制限でいいといわれても100年かかっても絶対作れないだろう。そこは認めざるおえない。人生は口や批評より、行動であり現実、結果だ。とにかくあれを作ったマイケル・ベイとスタッフはえらい。ご苦労さんといいたい。 で、IMAXは映像も凄いがサラウンド音響も凄い。だからこういうROCKがガンガンかかる映画は楽しい。中でも印象的なのは、エアロの「Sweet Emotion 」。わたしが高校時代死ぬほど聴いた曲で、エアロのレパートリー中最も好きなナンバーだ。この曲をIMAXのサラウンド音響で聴くと非常に立体的でゾクゾクするほどかっこよかった。 というわけで、わたしが高校2年生ごろ発売されたエアロの「闇夜のヘヴィ・ロック」というアルバムは特別な思い入れがあるし1番好きなアルバムである。 エアロといえば最高傑作は「ロックス」といいう巷の評価だが、個人的には「闇夜のヘヴィ・ロック」と前作「Get Your Wings 」がエアロスミスの最高傑作だと思う。あくまでも個人的感想だが「ロックス」は、こけおどしでいい曲が1つもない。たぶんいいのはジャケットとタイトルだけ。曲も演奏もわたし的には何度聴いてもつまらない。なんかスピード感、躍動感がないのね。当時のわたしのリアルな感覚からいうと「ロックス」からエアロの凋落がはじまったと思う。実際米国で膨大に売れたのは「Toys in the Attic 」までで、いうほど「ロックス」以降彼らはあまり売れていない。完全に落ち目になって「 パーマネント・ヴァケイション」で復活するまでボロボロだった。 で、このアルバム、高校時代(1974頃か。17歳だった)に朝から晩まで死ぬほど聴いていたが、やはり「Sweet Emotion 」が最高に気に入っていた。たぶんこの曲がなかったらわたしはそれほどエアロは好きではなかっただろう。とにかくこのアルバムは全曲シンプルで若々しく荒々しくて大好き。以降の王道的できどった複雑な曲がないのがいい。 しかし、最初聞いたときはかなり驚いた。とにかくSタイラーの歌いかたはMジャガーに似ていると思いながらも、ほとんど喋ってがなりたてている感じで、とても王道のROCKの歌い方ではない。今聴くと普通なのだが、当時としてはかなり画期的だった。あの大好きな「Sweet Emotion 」も色気むんむんの前奏から歌はがなり喋っている感じ。だがそれがなぜかかっこいい。 で、かの有名な「Walk This Way 」。これをあの時代リアルタイムで聴いたときはかなりショックだった。わたしは友人のW君へ「これって、歌かな?」と問いかけたほどだ。でもやっぱりかっこいいと納得。結局これがのちのラップの原型だったわけだが。 更に、このアルバム他にもかっちょいい曲のオンパレードである。強力シングルでタイトル曲の「Toys In The Attic 」のスピード感と迫力は当時友人宅でステレオフルボリュームで聴いたため近所から苦情がきたほど。 Sタイラーの渋いブルージーなボーカルがあまりにかっこいい「Uncle Salty 」。これもエアロの最高傑作。こういうムードのナンバーはこのアルバムでしか聴けない。これも70年代の奇跡のようなナンバーだ。Jペリーのギターソロも素晴らしい。 ギターといえば、「Adam's Apple 」はエアロのギターロックとしては最高傑作だろう。当時ギターを練習している友人に聴いたら、Kiss、Queen、エアロでギターのテクニックが1番複雑で巧いのはJペリーだといっていた。そいつは自分が凄いテクニシャンといっていたが実際のプレイはみたことがない。(わたしのこれまでの経験でいうと、だいたい自称テクニシャンのギタリストは口が達者でそういう奴が多い(笑)。ま、それも可愛らしいが。) で、そいつに言わせるとエアロのギターが1番コピーが難しいといっていた。特に「Walk This Way」などはフレーズのセンスなども感銘していた。エアロはQueenに比べると粗暴なRockのアホなイメージで売っているが、サウンドメイキングは非常に知的で頭脳派だということをそのとき知ったのである。まあ、トップクラスになるとめちゃくちゃ頭いいのは当たり前だが。 後日談だが、そいつはQueenはめちゃめちゃ簡単で、ブライアンメイなら全曲コピーできると豪語していたが(笑)。 ボストンも参考にした思われるかっこいいROCKの「No More No More 」は軽く流しているがPOPでいいし、「Round And Round 」の迫力と重量感はZEPPLIN並みにかっこいい。 そしてエアロのバラードで最も好きな「You See Me Crying 」。ドリームオンの100倍かっこいい切ないバラードで、この曲で締めくくるこのアルバムを当時何度聴き返しただろう。 もはや忘れかかっていた青春のハードロックアルバムを映画「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」でリアルに思い出したのだ。(ビーグル38も大好きだが、最近あまり出ないな) いやはや、楽しかった。ありがとう!オプティマス!バンブルビー! 宝くじに当たったらシボレーを買うぞ! #231 【Van Duren/Are You Serious】 蒸し暑い夏は、クーラーの効いた部屋でワインでも飲みながら素敵なメロディの音楽を聴くことが最高に癒される過ごし方だと思われる。 そこで、お薦めなのが前回紹介したフォトメイカーだが、ソロアーティストなら絶対ヴァン・ダーレンだろう。 とにかく、この人、メロディが異常に素晴らしい。尋常じゃない。その楽曲のクオリティの高さは、数あるSSWでは歴史上No.1ではないだろうか。とにかく全曲すべてが、全盛期のビートルズのTOP曲に匹敵、あるいは超えるほど出来がいいのである。 で、この人、とにかくメロディがPマッカートニーに瓜二つ。もうそっくり。ただしそっくりだけじゃなく曲のできの良さは本家を完全に上回っている。更に、声、歌い方も完璧にそっくり。しかもこれらの楽曲は70年代のPマッカトニーの全盛期よりも出来がいい。まったくもって信じられないアーティストである。 まずは「Chemical Fire」は、でだしはエリック・カルメンを思い起こす声であるが、メロディは完全Pマッカトニー。もう圧倒的に素晴らしいPOPなナンバーで引き込まれる。なんという魅力的な曲だろう。 「This Love Inside 」もアレンジはパイロットのようなPOPな魅力的なナンバー。これまた圧倒的な素晴らしいメロディ。いやはや凄い。もうこの2曲で、ビートルズを完全に上回っている。わたしは正直ビートルズでも、こんないい曲聴いたことがない。アコギを生かしたアレンジもむちゃくちゃカッコいい。凄い。 「Oh Babe」も前2曲にまったく劣らない素敵なPOPな名曲で、アレンジは1番パイロットに近い。しかし、あのメロディ匠バンドのパイロットにも、これほどPOPで素晴らしい曲はない気がするほどだ。 とにかく、この Van Durenのメロディメイカーの凄さは異常ではないだろうか。たしかに似ているがビートルズやパイロットを軽く凌駕している楽曲のすごさは驚異でしかない。 「Grow Yourself Up 」は、もっともPマッカトニーに似ている。これを聴いてマッカトニーでないと言い切れるビートルズファンはいないのではないだろうか?もはや、声、メロデイ、アレンジは完璧で、何度も聴いて知っていても、たまにiTuenから流れると、ありえないはずなのに、いまだ「これビートルズのなんていう曲だっけ?」と探してしまうほど完璧にビートルズにしか聴こえない。しかも曲のよさが尋常ではない。本当に魅力的な曲である。 勿論ビートルズだけではなく、ラズベリーズそっくりのROCKナンバー「New Year's Eve 」や「Jane」のカッコよさたるや、これまたエリック・カルメンそっくりなメロディで震えるほどだ。ラズぽいナンバーになると彼の声もエリックぽくなるのもいい。 「So Good To Me 」はフォトメイカーぽいセンチメンタルなバラードで、郷愁哀愁メロディも文句の着けようがない。 「Stupid Enough 」もいい曲過ぎて、もう表現しようがない。ホント、いい曲だ。 とにかく、Van Durenが素晴らしいのは似ている完成度ではなく、楽曲の出来が本家を超えるほど素晴らしいということである。それも1曲残らず、すべてが歴史的名曲である。何曲聴いても、すべて驚くほど素敵な曲ばかり出てくるので、彼のアルバムを聴いた後は贅沢病になっていることをお忘れなく。いやはや、それにしても、ここまでもの凄い才能がいたなんて。。。 これは70年代の隠れた名盤であるが、もっと大々的に取上げてほしかった。まったく当時の音楽メディアはなにをやっていたのだろう。まだまだ未知なる強豪は綜合格闘技外でもいるのである。恐るべき究極の名曲POPアルバムである。 #230 【Fotomaker/Fotomaker +Vis-A-Vis 】今年の夏は暑い?去年より暑いと思っていたら、一転して涼しい。というか寒い。と思ったら蒸し暑い。で、また暑い。で、台風来て寒い。また暑い。もうわけわからん。というわけで、過ごしにくさは去年と変わらない。いや、変化が多すぎて、節電もあり去年以上に過ごしにくい。 わたしとしては、すっきり、ばっさり毎日猛暑日のほうがあきらめがつくのでいいのだが。暑かったり寒かったりと、もつとも体にこたえるパターンではないだろうか。とにかく暑さより湿気だ。湿気が1番の大敵。気温は耐えられるのだ。 というわけで、今年も夏に、有名無名いろいろな人が死ぬぞと予想していた。しかし真夏で暑くて体調不良で死ぬのでなくて自殺が多い。 病気の原田芳雄さんは大変ショックだったが、それ以上にショックだったのが中村とうようさん。我々の年代で洋楽好きならカリスマのような存在だった。わたしも大好きでMM誌を15年くらい毎月購読していた。ただMMは10年前くらいから購読しなくなった。なんかもう最新の洋楽は聴かなくなったので記事の内容がわからなくなったのだ。 それでも、「とうようズトーク」のページだけは本屋で立ち読みしていたが。とにかく、とうようさんはアルバムレビューの0点が有名だった。わたしはとうようさんが0点をつけたアルバムを好んで聴いていた。勿論10点満点も。どっちも面白かったのだ。 その採点をいつも友人と面白がっていた。たとえば、わたしの好きなチック・コリアやキース・ジャレットは、とうよう氏の採点はだいたい1点か2点だった。たしか当時チック・コリアの新譜が3点だったので、友人に言うと「え~、結構高いじゃん」と言っていたのを覚えている。 「ボクはこういう音楽の良さはわかりません」とキース・ジャレットに1点か2点をつけていたとうよう氏の気持ちもわたしにはよくわかる。たしかにわたしはキース・ジャレットは大好きだが、毎日聴いていると、飽きてどうでもいいただのBGMに聞こえるときがある。そういうときは、ただ綺麗な魂のないバカバカしい音楽にも聴こえる。しかしまた時期が来ると狂ったように聴き感動する。同じものが、その時は神の領域に聴こえたり、またあるときはワンパターンのつまらないものに聴こえたりする。だから0点も10点満点のレビューも彼のいわんとする気持ちも感覚もよくわかっていたのである。第一、そういう趣向むき出しのレビュー、評価のほうが面白いし、たかが批評なんだから、多彩な発想や評価があったほうが当時は楽しかった。 むしろ自分の好きなアーティストになんのおも入れもなく中途半端に、5点、6点みたいな評価でわかったようなことを書かれるほうがファンとしては1番頭にくるのである。しかし、加藤和彦氏や今野雄二氏といい、わたしと感性のあう、音楽家や評論家はみんな自殺してしまうのは寂しい。で、昨日は野球の伊良部氏の自殺と、あまりに最近著名人の自殺のニュースが多い。なんか暗いニュースが多い。いいことはなでしこジャパンくらいか。あれはほんと凄かった。特に内容が。ま、長くなるのであれについてはやめるが、本当に敬服しました。 で、本日おススメはフォトメイカー。メロディがとっても胸キュンな本当に素晴らしいバンドだ。〔注1〕ラズ関連バンドの中では、間違いなく最も良質なバンドだろう。とにかくノスタルジックで切ないメロディー、爽やかなハーモニー、フレッシュで清涼感豊かなサウンドがあまりにも素晴らしい。彼らはラズ解散後2年以内に登場したから、80年代以降のパワーポップ系のバンドと一線を画している。P-POP系とは比較にならない良質な本物の哀愁郷愁バンドなのである。 その郷愁と哀愁を兼ね備えたメロディとサウンドのレベルは、全盛期のラズベリーズに匹敵するほど素晴らしいが、ラズを越えるほど素晴らしいかといえば、さすがにそこまでのレベルには到ってはいない。さすがにラズ時代の特にエリックの哀愁郷愁楽曲(例えば、If You Change Your Mind 、Let's Pretend、Nobody Knows、I Reach For The Light、I Can Remember、I Saw The Light、Starting Over等)は必殺の凄まじいレベルにあり、このフォトメイカーどころか、歴史上のすべてのバンドをもってしても絶対に到達することはありえないのだ。だがフォトメイカーはエリック以外のメンバー作のラズ曲やビートルズやバッドフィンガー程度の曲ならゴロゴロある。勿論それとて奇跡的に物凄いことでもある。 Fotomakerのオリジナルアルバムは3枚あるが、ラストの3枚目は聴く必要なし。曲のクオリティは1,2枚目が優れており3枚目には聴くべき曲はない。元ラズのウォーリーブライソンもいなしサウンドもギターも魅力がない。やはり彼らの才能、勢い、熱気は1,2枚にありそこに傑作が集中している。 というわけで、彼らのファーストとセカンドのレパートリー中、特にすばらしいものを簡単に紹介しよう。 まずはデビュー曲の「Where Have You Been All My Life (どこにも行かないで )」。タイトルといい、出だしからいきなり琴線をわしづかみする郷愁メロディーと爽やかなサウンドとハーモニーが胸を満たし懐かしさで一杯になる。秀逸なメロディを生かしたノスタルジックなアレンジがとても素晴らしい。一瞬にして、この曲とともにあの懐かしくも優しい時代、1960年代にタイムスリップすることができるのである。ありがとう。と、この曲を聴けたことを感謝したくなるほどの素敵なナンバーだ。 そして、彼らの魅力が最大に発揮されたと思える切ない名曲バラード「All There in Her Eyes (魅せられし瞳)」。あまりに切なく素敵なメロディ。メロディだけならエリックの傑作を上回れる可能性がある唯一の曲かもしれない。それほど物凄い名曲である。そしてラズベリーズ時代を入れても最高プレイと思えるほどの哀愁度満点のウォーリーブライソンのギターソロが我々の琴線をわしづかみにする。これぞ胸キュンNo.1のソロフレーズで、これを体験していない人生は相当不幸だ。恥だ。これまたサウンドアレンジが素晴らしく、特に後半の切ない郷愁度満点のフルートソロも素晴らしい。フルート繋がりだが、エリック・カルメンの「恋にノータッチ」にまったく引けを取らない歴史的名曲である。 哀愁溢れるRock名曲「Just For You」も素敵なラブソングで胸いっぱい。これは、楽曲、サウンドと、まったく99%ラズベリーズだといっても差し支えない。とにかくラズ的哀愁郷愁度満点のナンバーで、ややセンチメンタルな出だしから後半は爽やかなハーモニーとともに力強く盛り上がる胸キュンナンバー。この胸キュン度も最高だ。POPながら3年殺しのジワジワメロディーが徐々に胸に染み込む様が絶品である。いいです!これは。 そして更に、個人的には最もしびれた、これまた今世紀最強の傑作であり、もし聴いたことがなければ、この世に生まれてきたことさえまったく無意味だったとさえ思えるほど、あまりに危険な究極の名曲「Two Way Street」!この曲はヤバイでしょう。ウォーリー一世一代のイントロの哀愁ギターを聴いて涙が溢れない人は、もはや人間らしい心をもった生物ではない。それは金属生命体トランスフォーマーだろう。これほど切ないメロディは、この世にはここにしか存在しない。琴線をわしずかみされて苦しくて切ない。タイトルからして、おそらく辛い失恋ソングと思われるが、それにしてもこの哀愁溢れる世界は凄い。いやはや、いいもの聴かせてもらった。ありがとう、フォトメイカー。これは20世紀切なさNo.1ソングだろう。繰り返すがはっきりいって「Two Way Street」を聴いたことがない人生なんて。。。まったく無意味だ。(尚、同じタイプのイントロ、曲調で、「Don't Let Go 」もある。こちらも悪くないが) ラズベリーズのPOPなロックナンバーにまったく引けを取らないPOP・ROCKの魅力全快の「Miles Away 」は圧倒的にかっこいい。シンセ、キーボードのイントロでTOTO風のモダンRockナンバーだが、曲、サウンド、メロディ、コーラスと、例えTOTOクラスのロックバンドを100つれてきても、Fotomakerのこのカッコよさには対抗できないだろう。元ラズのウォーリー・ブライソンのギターのかっこよさ、もう素晴らしすぎる。当時、中盤のツインリードのユニゾンギターソロの部分のあまりのカッコよさに失禁してしまったファンは多いだろう。 更に、初期のエリック・カルメンのバラード曲を連想させる哀愁度満点の「If I can't Believe In You」。センチメンタルで切ない。ウォーリーのギターソロだけでも1つも小説に聴こえる。そして「Lose At Love」の胸かきむしられ度は、もはや切なさがレッドゾーンに突入し血管がぶっちぎれるほどである。 「All These Years」も、POPでラズ的爽やかナンバーで、ほんのちょぴりテンポとムードが「パーティーズ・オーバー」に似ている。たしかウォーリーの曲だったかしら。非常にラズベリーズを感じるいいムードでウォーリーのギターソロも最高だ。メロデイの背後にある郷愁度も満点である。地味ながらPOPで癖になる素敵な曲である。 とにかくラズ関連バンドの中で、本家以外でこれほどクオリティの高い哀愁ある楽曲と郷愁を感じるサウンド、ドラマ性豊かな切ない歌世界を生み出したバンドはフォトメイカーしかいない。この素晴らしい楽曲群を堪能することなく人生を終える人は、究極に不幸であり、同情するどころか、知らないこと自体犯罪といってもいいのではないだろうか。 フォトメイカーは、ラズベリーズなくして絶対に生まれなかったバンドであり、そこがまた可愛いのである。そしてラズベリーズのギタリスト、ウォーリーブライソンが参加しているということで、我々〔注2〕ラズ不朽委員会にとっては、ラズ兄弟バンドという位置づけである。 この世でも最も素敵なバンド、ラズベリーズを超えるとバンドとまではいわないが、エリック・カルメン抜きのラズベリーズにだったら、楽曲は十分対抗しえる。 ということは、フォトメイカーは、この世で2番目に素晴らしいバンドということである。だがセンチメンタルな哀愁と一瞬の胸キュン度なら、この世で1番といってもいい素敵さだろう。本当に琴線を掴まれるまったくもって素晴らしいバンドだ。 (ちなみに、わたしの胸キュンバンドチャートでいうと、バッドフィンガーは16位でビートルズ32位だ。参考までに) 〔注1〕:ラズ関連バンド(ラズベリーズ関連バンド及びラズベリーズ関連ミュージシャン)とは? ビートルズ、バッドフィンガー、アメリカ、パイロットなど、哀愁郷愁メロディーと爽やかなハーモニーを特徴とするPOP・ROCKバンド、SSW全般と80年代以降のパワーPOPバンド、SSW全般を含む。 〔注2〕:ラズ不朽委員会とは? ラズベリーズをこよなく愛する飲み会グループ、ブラックベリーズ(mark、uirou、mizuki)を母体とするラズベリーズ応援委員会である。 #229 『Les Hommes/レ・ゾム』いやはや毎日暑い。去年の夏は異常に暑かったが、もしかしたら今年はそれ以上かもしれない。毎年異常に異常が上乗せされていく感じだ。やはり地球は壊れはじめているのだろうか。 巷では節電とかいっているが、いつもどおり普通に自然に生活すべきだ。わたしは毎年夏は基本的には節電している。たぶん皆そうだろう。だから今年だけ意識過剰になることもない。 最近ホントに暑いときはクーラーを付けないと熱中症になる危険性を身をもって体験した。数日前、そして昨日も呼吸が苦しくなり倒れそうになった。一瞬意識朦朧となった。もはや昔の夏と体感が違う。気温も高いが、問題は湿気だ。温風湿気が凄い。扇風機をつけても熱気というか湿気が凄くて息ができないのである。 苦しくなる前にクーラーをつけて湿気を除湿するだけでも全然違う。かなり楽になる。それでもうちは基本的には扇風機でクーラーはつけないようにしているが、ビーンがハアハアいいだすと危険信号だ。彼は毛皮を着ているので限界がある。死んでしまっては困るので、彼が舌をだしてハアハアいいはじめたら我が家はクーラーをつけることにしている。 で、部屋が除湿され涼しくなったらBGMも涼しげなものでいきたい。Jazzやボサノバでもいいのだが、今年はお洒落なラウンジミュージックでいきたい。ならば、Les Hommesが最高だろう。Les Hommesはオルガンが特にいい。ジャンルはJazzになるのだろうが、非常にファッショナブルでお洒落だ。 とにかくコノバンド楽器編成がいい。一応インフォによると、オルガン、ヴィブラフォン、ムーグシンセ、コンガ、ドラムスからなるイタリアの三人組グループで、ボサノバを取り入れたラウンジジャズテイストのサウンドをベースに美しい女性ヴォーカルやスキャットを取り入れたサウンドということだ。ボーカルはあくまでつまで歌物ではない。 このサウンド、オルガンとヴァイブの組み合わせが絶妙である。正統的なJazzでもこういう編成は結構あるが、これほど、ゆる~く、軽くは演奏していないので、暑さ対策には向かない。例えばジミースミスやミルト・ジャクソンもボサノバ的な演奏は多々あるが、もっと本格的すぎて、しまいにゃアドリブは熱を帯びてガンガンのったプレイになる。これではBGMで、除湿するどころか逆に暑苦しくなることもある。今の異常な夏を想定していない演奏である。 しかし、このバンド。なにがいいかというと、お洒落なクラブ系サウンドでありながら今風のデジタルダンスビートがないのがいい。あの不要な重低音ビートがない。ま、全然ないわけではなくデジタルビートはあるが、そのリズムをオルガンが刻んでいるので妙にお洒落でエキゾチック。で、60年代のイタリア映画のサントラにあったような軽いノリのボサノバリズムが真に心地よい。2002年登場なのに、なぜあの時代の雰囲気をここまで濃厚にもっているのか、これまたまか不思議だが、蕩けるほどいいムードだ。 それにしてもイタリアのJazzはセンスいいです。映画「黄金の7人」のサントラもめちゃくちゃかっこよかったが、あれはもう50年近く前の演奏だ。なのにこのバンドとほとんど同じに聴こえる。不思議な偶然であるが、あの時代も今も熱い夏はこういう音楽で乗り切っていくのは変わらないのが面白い。よいものはいつの時代もいいのである。 このアルバム抜群にいいです。ただ、どうも国内発売は1枚しかないみたい。1枚で解散したのだろうか。だとしたら本当に惜しい。一見こういうサウンドのBGMバンドは沢山いそうなのだが、このオルガンのセンスとプレイを聴いているとかなり奥が深いという感じがする。でないとここまでの心地よさはでないだろう。 楽曲も全曲素晴らしいが、わたしは特に60年代フレーバー濃厚な「Boogaloogalick」が気に入った。同じレトロなムードの「Hommage」も最高。最もクラブ系サウンドでお洒落度No.1の「Intraspettro」は大傑作。本格的な4ビートJazzの「Pousada do Amor」のインタープレイも見事な演奏だ。 これは我慢せずクーラーの効いた部屋でシャンパンでも飲みながら寛げれば、もう死んでもいいとさえ思わせてくれる極上の1枚である。とにかくお洒落でカッコいいす。 #228 『The Cross/Mad Bad and Dangerous To Know 』前回話したとおり、わたしの好きなRockボーカリストは70年代当時の世評とかなりずれており、3大フェバリットボーカルは、マイケル・デバレス、ロジャーテイラー、ノディーホルダーであった。 たぶん当時の表看板3大Rockボーカルは、ロバート・プラント、ポール・ロジャース、ロッド・スチュアートあたりだっただろう。わたしも勿論それらも好きだが、先の3大のほうが正直好きである。 後、やはりスティーブ・マリオットとエリック・カルメンははずせないだろう。ブラインアン・ジョーンズやデビッド・カバーディルも大好き。グレッグ・レイク、フレディ・マーキュリー、ロジャー・ダルトリーも一応好きである。 で、このCrossはQueenのロジャー・テイラーのバンドだが、基本ソロプロジェクトであり、あまりしっかりとしたバンドの実態はない。ま、最初はバンド形態としてコンセプトを作りアルバム制作し活動していたらしいが。本格的にLiveツアーをやったりとか、後半どこまで本気でやっていたかはさだかではない。 とはいえ、ロジャーをリードボーカルにすえたこのバンド形式アルバムが意外とかっこいい。ロジャーのボーカルを堪能するには、ソロ名義アルバムよりこちらの方がより明快に堪能できる。ソロと違って、スピード感溢れる正統的ロックンロールが多く非常に清々しく気持ちがいい。 前にもいったが、ロジャーテイラーの楽しみ方はQueenを考えると誤解が生じる。Queenと比べて曲やアレンジがどうのこうのという議論はまったく見当違いなのである。多彩なQueenのような音楽が楽しみたい方はロジャーのソロとCrossは避けたほうが懸命だろう。楽しみ方が全然異ジャンルなのである。だがハスキー&ハード&ソウルフルな喉を堪能したい方には最高のアーティストである。 ロジャーのボーカルとサウンドは、むしろロバート・プラント、ホワイトスネイク、AC/DCあたりと比較すべきものである。とにかく楽曲はハードでタイト、疾走感抜群の直線的ロックンロールの破壊力が好きな人こそにお勧めである。 それにしてもこのアルバム、Cross名義としては2作目だが、バンドとしても一体感が見事でスピード感抜群だ。サウンドアレンジは前作が、ほぼハードなQueenだったが、こちらはZEPPLINに近く重量感、重厚感もあり更にハードなボーカルが引き立っている。 ZEPPの「胸いっぱいの愛を」にそっくりな「Top on the world ma 」の重くソウルフルなボーカルはさすがにロジャーだ。このボーカルならZEPPカバー集を出してもらいたいほどだ。 本領発揮といえる疾走感抜群のハイブリッド・ロックンロールの「Penetration Guru」や「Sister blue」は、もう見事としかいいようがない。これらのスピード系はQueenでは聴けないものであり、意外とPOPでキャッチーなメロディもいかしている。 「Closer to you」はアルバム中最高にPOPでかっこいいナンバーで、もう蕩けそうだ。渋いのにPOPなボーカルとサウンドアレンジの奥行きのあるカッコよさが絶妙に融合している傑作だ。 そして珠玉のアコナンバーも素晴らしい。特に「Breakdown」と「Better Things 」はもの凄い。この2曲に関しては、Queenの全盛期のアルバムのバラードに匹敵する凄さ。しかし、このアルバム、アップナンバーもバラードもどちらも出来がいい。Queen後期のアルバムよりも遥かに出来がいい。Queenという宇宙の中、ここにもう1つの広大な才能がが存在していたのである。QueenをQueenとしてしか知らない人は人生大損しているのだ。 「Old Men (Lay Down)」と「Final Destination」の語りかけるような出だしからハードに爆発するボーカルの多彩な表現力は素晴らしい。ギターのアレンジも深くてスケールが大きい。こういうナンバーを聴いていると後期のQueenのアルバムはかなり子供っぽい。既にこの時点で、本体Queenの才能を抜き去ってしまった感じである。 前回のディテクティブも素晴らしかったが、Crossの「Power To Love」もZEPPのDNAが感じられこちらも負けず劣らず素晴らしい。 とにかくQueenのロジャーだけ聴いてロジャーテイラーを理解していると思っている人は、絶対こCrossのアルバムを聴いたほうがいい。今からでも遅くない。もう、あまりのかっこよさ、凄さに腰を抜かすだろう。 #227 【ディテクティヴ/ファースト(直撃波) 】1977年、レッド・ツェッペリンのレーベル、スワン・ソングから登場したDetectiveは、本当に素晴らしいバンドだった。待望の本格派新人という感じで、発売当時わたしも聴きまくったバンドの1つだ。 ともかくこのバンド、サウンドがツェッペリンのコピーといってもいいほどよく似ており、その重量感と迫力を内包したドラムスのスケール感は、本家の凄みを凌ぐとは言わないまでも、かなりいいムードを引き継いでいた。ここまでサウンドが本格的でかっこいいと、似ていることすら、さほどマイナス要因にはならないのである。 で、このバンドのなにが1番素晴らしいかというと、それはボーカルのマイケル・デバーレスである。そう、あのシルバーヘッドのリードボーカルであり、わたしが最も好きなRockボーカリストである。彼は当時も今も評価が低く、B級どころかF級の評価すらない。たぶん史上最も過小評価されているRockボーカリストであろう。 しかし、このアルバムでの彼のヴォーカルは圧巻である。王道で本格的で渋く、しかもしなやかで激しくも哀愁すら漂う。Sヘッド時代を凌駕して完全に王道Rockボーカリストとして花開いたという感じだ。このバンドのスケール大きな重量感サウンドとボーカルがよくマッチしており、ここに音楽の化学反応、スケールマジックが巻き起こっている。 デビュー盤にして、ここまで本格的に重厚かつ成熟したサウンドを作り上げたバンドは歴史上ほとんどいない。わたしが思うに、匹敵するとしたら他ではバッド・カンパニーくらいのものだろう。しかも両者共、モノクロでシンプルかつ渋いジャケットデザインも似ており、同じスワンソングからデビューしたのが面白い。つまり結果的にZEPPのというかジミーペイジの発掘力というか見る目があったということなのだろう。 ただBカンパニーは、デビュー作としては史上最高の成功(アルバム、シングル共に全米1位)を手に入れたが、ディテクティブはまったく売れなかった。セールス面では、あまりに残酷に明暗が分かれた格好だが、アルバム内容のクオリティの高さは互角あるいは超えていたといってもいいほどである。 楽曲は全曲渋くも激しく最上級のクオリティで文句の付けようがない。パーフェクトだ。まずはオープニングの「Recognition」の搾り出す声のムードからして尋常ではない。これから物凄いことが起きるような前兆の静けさがスリリングだ。ZEPPサウンドはRプラントでしか拮抗できないと思っていたが、マイケルの声はハスキー&ソウルフル&スリリングで、この広大なサウンドを完璧に支配している。まずそれが凄い。それにしても全曲異常にタイトで、大木をナタでバサバサ切り落としていくような切り味いい重厚骨太サウンドがあまりにカッコいい。 続く「Got Enough Love 」は、モロZEPPサウンドで、ここまで徹底的にやると、これはこれで圧倒的に凄みがあって素晴らしすぎる。故に安易にコピーだとかパクリとかの指摘は逆に恥ずかしくなるほどだ。しかし、当時全盛期のZEPPLINにまったく引けを取らないサウンドの迫力とボーカルの勢いは微笑ましいかぎりだ。いやはや本当に素晴らしい。今にして思うと70年代のRockバンドの水準はミラクルだ。 そして、これまたZEPPの「Stairway to Heaven 」に匹敵するほどの名曲「Nightingale」。これまた信じられないほどの名曲だ。マイケルのボーカルの素晴らしさは、こういったアコギ・バラードでも最高の威力を発揮する。ホント、この曲聞き逃していたら一生の損だろう。後半テンポアップして盛り上がっていく構成もスリリングの極地だ。 AC/DCの「Whole Lotta Rosie」に曲調がそっくりな「GRIM REAPER」は、AC/DC本家すら凌ぐカッコよさ。破壊力抜群のドラムスとボーカルはここでも冴え渡る。「One More Heartache 」は力の入った重量感のある彼等らしいキラーナンバーで、すでにZEPPLINすらおよびでないという迫力で個人的には最も好きなナンバーである。 とにかく、これはいまだに大好きなアルバムで、実はZEPPLIN全アルバムよりも大好きで、当時ホントよく聴いたが勿論今でもよく聴く。このアルバムの出来はRock界の、空前絶後、史上最強のデビューアルバムといってもいい。またしても70年代万歳!といえる水準の作品だ。 #226 【Hard Stuff/バレットプルーフ】もし、ZEPPLINのようなかっこいいリフを多用し、カクタスのような凄みのある演奏力があり、尚且つ渋いフリーのような歌心をもっているバンドがいたとしたら、相当かっこよくて大好きになるのになあ~と、1970年代の高校生はずっと思っていた。そんな夢のようなバンドは当時いなかったと思っていた。しかし実は現実にいたのである。そんな凄いバンドが。それがこのハードスタッフである。 70年代ハードROCKの歴史的傑作は、いまだどの音楽専門誌もDパープル、ZEPPLIN、Bサバスの御三家の代表作か、ジミヘン、Jベック・グループ等しか取上げられないが、ここに恐ろしいほど素晴らしい大傑作があったことを声を大にして訴えたい。 そう思わせるほど、このアルバムは素晴らしい。まずバンド名がいいよね。その名のとおり、本当にハードでかっこいいROCKなのである。こういう秘宝のようなアルバムがあるから、わたしはいまだこの歳になっても70年代ROCKが大好きなのである。 しかし、このアルバムはリアルタイムでは、当時ほとんど無視された印象だ。元々72年の作品だが日本で発売されたのも、その2年後くらいだった。英米でもまったく売れてないので仕方ないが、中身の出来は物凄い。誰もが唖然とするかっこよさ。これはカクタスやZEPPLINの代表作と比較しても、まったく見劣りしないどころか、こっちの方がはるかに凄いと思えるほどの出来だ。 まあとにかく、このファーストは楽曲の出来が素晴らしい。基本カチっとまとまったハードロックだが、あまりにかっこいいリフやアレンジの良さ、各楽器のアンサンブルのダイナミックさは、ちょっと他のバンドでは思い当たらないほど素晴らしい。 オープニングの「Jay Time 」のリフはZEPPLINを初めて聴いたときの衝撃を上回るほどいい。カクタスのような大人っぽくて、それでいてラフでワイルドなムードはただ事ではない危険な空気が充満している。これぞROCKのスリリングな魅力爆発である。 続く「Sinister Minister 」も同じタイプの曲で、やはりカクタスのようなドラムスのけたたましさがかっこいい。このアルバム、この曲を含めて全曲のベースはブルースのようだが、派手なリフとハードなスピード感で完全にROCKに醸成されており、ほとんどブルース臭は感じさせない。 「No Witch At All 」も小細工のないROCKドラムのイントロにハードなギターのリフが絡み、同時期に活動したジェフベックグループなんかより100倍かっこいい。あえてラフでハードに聴こえる各楽器のアレンジが相当巧くて、テンポはそれほど速くないのにどの曲もスピード感を感じる味付けが見事だ。 とにかく、現代のROCKに比べると各楽器の隙間がスカスカなのだが、それが逆に非常にダイナミックでスケールが大きい。やはりこういうアレンジがROCKの本当のかっこよさというのがよくわかる。 「Taken Alive 」は王道の8ビートROCKで、ストーンズ、あるいは演奏だけならラズベリーズを思い起こす。「Hobo 」のイントロやギターアレンジはラズベリーズの「オール・スルー・ザ・ナイト」にそっくりだ。しかし、これほどのアルバムが72年に作られていたことに驚愕する。 「Time Gambler」もギターリフがあまりにかっこいい大傑作ROCK。派手な曲なのに、なぜか同時に渋くてかっこいい。中間の長いギターソロといい、これほどかっこいい曲はない。とにかくどの曲もアンサンブルのアレンジがあまりにかっこいい。 いやはや、ほんと参りました。蕩けるほどかっこいいPOPな楽曲ばかりが詰め込まれた、ため息が漏れるほどの素晴らしいハードロックの大傑作アルバム。これを聴いていなかったら人生大損である。 #225 【ベリー・ベスト・オブ・ディーン・マーティン 』いつの頃からかよくわからないが、在るとき、時々無性にフランク・シナトラが聴きたくなるときがある。特に本日のように休日の午後の少し曇っているとき、そう思うことが多い。ただこれは、いい傾向でもある。心が不安定でささくれ立っているときには、あまりシナトラを聴きたいとは思わないからだ。 ワインでも、チビチビやりながらのシナトラの歌BGMはわたしに極上のリラックス空間を与えてくれる。なぜ彼の歌はこうも簡単に日常をゴージャスな気持ちに変えてくれるのだろう。特に「夜のストレンジャー」「ニューヨーク、ニューヨーク」など代表曲を聴くと気分はゴージャスな感覚に代わる。 そうすると、もっと大好きなある歌手を思い出すのだ。そして、その代表曲「Everybody Loves Somebody」を聴きたくなるのである。「Everybody Loves Somebody」こそは今世紀最高の心地よい曲ではないだろうか。 で、好きなシナトラ以上に大好きな歌手がディーン・マーチンである。酔いどれのイメージがあるが、この人も非常に歌がうまい。個人的にはシナトラ以上に昭和の懐かしいあの時代を思い起こさせる人で自分が小学生低学年の頃よくラジオで聴いていた想い出が強い。父親が映画好きで、よく一緒に「底抜け」シリーズや「オーシャンと11人の仲間」などを楽しんで観ていたものだ。昭和40年代は洋画をTVで観るのが最高の娯楽だった。だからディノはわたしにとって強烈にノスタルジーに浸れる歌手でもある。 ディノの歌は、シナトラと同じような歌唱スタイルであるが、シナトラよりは華やかで少し声も若々しい。ちょうどシナトラとプレスリーの中間あたりの声という感じで、個人的には非常にこの声と歌唱法は好きである。 ディーン・マーティンというと、シナトラ以上に役者の印象が強いが、元々純然たる歌手であり、その当たりの柔らかさ、色気、粋なお洒落度はシナトラすら越えているほど全盛期は華やかだった。映画が当たりすぎて、歌の巧い役者のイメージになってしまったが、このヴォーカルの心地よさは晩年のプレスリーのバラード以上に極上といってもいい。 彼はシナトラと同じく、一見軽い鼻歌のような歌い方だが、その力の入れ具合、無理のない節回しといい、その巧さはやはり名人芸だろう。だが、それをまったく意識させない。聴くたびに懐かしくてあの時代が、いかに素晴らしかったかを堪能させてくれる。 それにしても「Volare」「Little Ole Wine Drinker, Me」の心地よさ。「Ain't That A Kick In The Head」の粋な歌い方や「Powder Your Face With Sunshine」のスイング感はJAZZ歌手としても超一級品で、この時代の歌手の実力がいかに凄かったか思い知らされるほどだ。 更に、あのプレスリーのバラードも凌ぐほどの「Kiss」や「Under The Bridges Of Paris」の破壊力は今の時代聴いてもずば抜けている。そして聴く度に蕩ける「I Will」と、やはり「Everybody Loves Somebody」は今世紀最高の魅力でノスタルジックで胸が一杯になり言葉がつまるほどだ。 それにしても、全曲圧倒的に心地よい歌。彼の歌を聴けば、あっという間にあの幸せな時代にタイムスリップできる。そして昭和のあの時代の大切な人たち、更に亡くなった両親に会えるのである。 #224 【Lou Reed/Rock & Roll Animal 】最近のビルボードの年間アルバムチャート・ベスト100を見ると、ROCKのアルバムというのは、ほとんどなくなっている。2010年の年間100アルバムの内訳をあえて乱暴にいえば、8割がラップで2割がカントリーといってもいい。ここ10年こういう傾向は続いているが、最近の5年間は特にひどい。もはやROCKは、若者の最先端の音楽ではなくなっている。そう。ROCKは完全に死んでいるのである。70年代以降、JAZZが完全に死んでいたように、もはやROCKは、世の中の主流ではなくシビアに言えば古典芸能の1ジャンルにまで落ちぶれているといっていい。 特にわが国日本では、1ジャンルどころか、コントのジャンルといってもいいほど滑稽でひどいものだ。70過ぎの爺さんが、いまだに「ロッケンロール!」と得意がったり、音楽性0の俳優やバカなタレントがROCKぽい音楽をやるときのイメージ戦略は、いまだサングラスをかけ、怖い顔をしたり、粋がった粗暴な口のきき方をする。これはもはやコントか漫画の世界である。更に親父バンドの祭典や昔のリユニオンバンド来日が飯のタネとして成立したりもする。ホント、70年代には想像もできなかった、ROCKもトホホの時代である。だがしかし、逆に考えればROCKという音楽がそれほど深く多層に浸透したということでもあるのだが。 ただ、70年代当時のROCKの位置づけは、単なる音楽の1ジャンルではなく、生き方や思想であり、あるいは個人の文化やカルチャーの発信であり若者の為だけの特異なファッションだったりもした。ROCKは音楽と共に若者の自己主張であり、怒れる訴求的な発想の源泉だった。大人や体制、社会に対して対立構造があり、若者が鬱積した憤怒や批判や不安を吐き出す方法論でもあったわけである。だから強烈でありインパクトがありメッセージ性があったのである。そして物凄く魅力的であった。巧いもヘタも関係なかったし、社会が揺さぶられ影響を受けるほどの魂のある本気の音楽だったのである。70年代は、そういうことが成立していた、もう2度と来ないスリリングな時代だったのだろう。 で、そのスリリングな時代の最もスリリングなアルバムが、このアルバムだろう。ジャケットも含めてこの音は、あの時代のROCKの最も魅力的な世界であろう。スリル、妖しさ、危うさ、カッコよさ、何もかもが異常に魅力的だ。こんなアルバムが発売されていた時代に10代後半の若者として青春時代を駆け抜けたことをわたしは誇りに想い神に感謝しているほどだ。 実は高校当時、ルーリードはそれほど好きではなかった。正直バイセクシュアルなイメージやヘンテコな歌い方といい、いまいちよく理解できなかった。詩集読んでも歌詞もまったくわからんし。ま、この歌世界を10代で理解もできないし、カッコいいとは思えないだろう。事実、わたしの周りのかなりのROCK通でも、当時デビット・ボウイまでは付いてこれるが、ルーリードとなると気持ち悪いと敬遠していたほどだ。 となると、わたしは果然ファイトを燃やしたわけだ。しかしやはり声も歌い方が好きではないので、「ベルリン」なども熱心に聴いたわけでもなかった。その頃、このアルバムが発売された。レコード店で初めて見たこの新作ジャケット1発で大好きになった。そうなると、もう音も歌も好きになってしまうのである。一夜にして、もうなにもかもかっこいいのである。当時、あいも変わらずパープルだチェッペリンだといっている同級生達を尻目にわたしはROCKの童貞を捨てた気分であった。 当時わたしの感覚では、例えとして、歌謡曲やアイドルを聴いているのは小学生レベル、井上揚水などフォーク系を聴いているのは中学生レベル、ZEPPやパープルのハードロック系は高校生レベルで、わたしはルーリードでもう大人だと悦に入っていた。もう異様で妖しい世界にも身を任せられる。高校の同級生を見て「君達子供には大人の異様な甘美な世界はわからんだろう」。そんな感覚で得意げであった。 相変わらず前置きが長いが、アルバムの話に行こう。当時はルーリードもグラムロックの範疇に入れられ、正直B級アーティスト扱いだった。だがこのLIVEはカッコいいギターのリフとソロが満載で、今聴くと結構健全で真っ当なROCKに聴こえる。だが歌はやはり妖しい。危険な匂いプンプンで彼独自の世界観は唯一無二の魅力である。 ルーリードはLIVE盤がいっぱいあるが、例外なくどれもこれもかっこいい。共通しているのは、どれもギターの分量がもの凄い。この異常なギターの分量が当時としてはアンバランス過ぎるのだろうが、それが彼のセンスであり時空を越えて今聴いても真にかっこいい。同時に隠し味のオルガンが渋く光っている。 全体を通して徹底的に表層はギターソロが延々鳴り響き、すべてはギターのリーディングで世界が構築されていく。そしてだんだんその陶酔する世界に引き込まれるのである。楽曲の基本は骨太なかっこいいROCKなのだが、あのくねくねとした歌い方はまさに歌というよりも完全に語りで、いまでいうラップになっている。つまりルーリードは現代の若者の主流であることを既にこの時代からやっていたのである。 実は、わたしはラップを最も早くやったのはエアロスミス(ウォーク・ディスウェイ)ではなく、デビッド・ボウイの「ジーン・ジニー」だと発見して一人悦に入っていたが、考えてみるとそれよりも全然ルーリードの方が先立ったのである。ま、乱暴にいえばボウイの師匠はルーリードみたいなものだから、ボウイがパッくっていたのだろうが、だからといってボウイが2番煎じだとも思ってはいない。ま、影響は大きいと思うが。 とにかくこのLIVEは、サウンド、ムードが最高で選曲も超強力だ。「Sweet Jane」「Heroin」ときて、ラストの「Rock And Roll」はホント凄い。静かな異様なムードから錯綜しながら延々ハードに盛り上がってく様は完全にあの行為の絶頂に昇っていく感じに近くかなり危険な快感でもある。だが、これこそがROCKのスリリングな快感の最高到達点なのである。もう2度と来ない時代の神の領域であることは間違いない。このかっこよさに16歳でしびれたわけだが、現在54歳になったいまでも1mmの狂いもなくかっこいいのである。ルーリードって、本当にセンスが凄い。 ※リシュー盤のボートラはいらない。ビニール盤のままの曲数にしておいてほしいね。 #223 『Ray Bryant Trio 』本日のニュースで、レイ・ブライアントが亡くなったことを知った。真に残念である。ただ80いくつだったので、意外と長生きだったのだとも思った。というか、JAZZのミュージシャンって、死亡記事で「あ、この人まだ生きていたんだ」と逆に思い出すことが多い。それはJazzという音楽が最新の流行としてスポットを浴びていたのが40年、50年前だからであるのだが。逆にいうとそれだけの年数が経っていても、いまだこれだけのファンを惹きつけていることは大変なことだろう。 後、昔のJAZZミュージシャンは伝記なんか読むと、麻薬や貧困と生活が荒れており、短命の人も多いのでそういうイメージが定着しているのだろう。結構JAZZ屋って、両極端で長生きの人は90以上生きる人も多い。ライオネル・ハンプトンなんかは亡くなったのは90代だったと記憶しているが。 で、レイ・ブライアント。JAZZの世界では知らない人はいないほど有名だが、では彼が伝説的なJAZZ界の巨人かといったらそうでもない。ま、一応ピアノでは有名。中堅のいいミュージシャンという感じだろうか。だが、彼の死去がニュースになるほど有名なのは、このアルバムの存在に尽きるだろう。たぶん、レイのこのアルバムはJAZZを知らない人も人生で何度も聴いているはずだ。焼き鳥屋、居酒屋、Bar、ブティック、ショッピングセンターと、どこでもかかっている。それほど親しみ安いサウンドである。 このアルバムはJAZZの歴史に残る名盤であり、JAZZファンなら誰でも知っている耳タコのアルバムでもある。わたしも若い頃聴きすぎて、しまいには飽きて嫌になり、ここ10年ほどは、ほとんど真面目には聴いていなかった。 しかし、久々に聴くとやはりいいね。いい!最高だ。前回でピアノトリオはやかましいので、ドラムはいらんといったが、やはりこのアルバムの「Splittin' 」なんか聴いちゃったら、くぅ~!もうたまらんです。いやはや、やはりピアノトリオの歴史的名盤は凄い。この時代の録音がいいのかも。録音がいいというのは音質ではなくムードがいいという意味である。レトロで温かい音なのである。逆に最近のJAZZアルバムは録音が良すぎて楽器の音がクリアすぎる。というか大きすぎる。特にドラムスが。 それにしても、このアルバム。ホントどの曲ものりがよくてPOPで親しみ安い。これぞジスイズ・JAZZ、スイングの宝石箱という感じで、一家に1枚必需品だと思う。基本的にのん気ないい意味でレトロなJAZZサウンドで、そこが逆に今の時代聴くと非常に新鮮でお洒落。あまりに芳醇で安定感があるため、のん気過ぎるように聴こえるレイのアドリブは実はかなり冴えている。 さすがに「Golden Earrings 」や「Sonar」のUPナンバーは、かっこいいが個人的には、やはりリリカルで哀愁度満点の「Angel Eyes 」や「The Thrill Is Gone 」のバラードプレイに胸を鷲づかみされる感じである。 この古い名画を見ているような心地よい安心感、そしてミディアム、バラードの多い選曲が、このアルバムをJAZZ界屈指の人気盤にしている理由かもしれない。後、このいなせなジャケット。これぞJAZZだ。このジャケットも人気の%を占めるかなり大きな理由だろう。 正直ブライアントは、どのアルバムも非常に安定したプレイではずれがない。乱暴にいえばどれも同じ。だが逆に派手さや超絶プレイなどが、ないのでどれも地味に聴こえる。それが若い頃はさして好きでなかった理由だが、今の歳になると本当に落ち着いて聴ける絶品のJAZZピアノである。 それにしても楽器の音が本当にあの時代のJAZZの音だ。こういう音って、もう録音できないのだろうかね。響き、空気感が今の時代のJAZZと全然違うのだ。マイクや真空管アンプやテープ録音の問題だけではないだろう。テクノロジーよりも時代の問題かもしれない。ま、それこそがJAZZの醍醐味なのだろう。だからJAZZファンはいつの時代になっても50年代や60年代のアルバムを聴き続けるのだろう。もはや骨董品の世界である。勿論いい意味でいっているのである。 ちなみに、このアルバムの録音はわたしが生まれた年である。録音日はわたしの誕生日の約1ヶ月前である。つまり同級生アルバムである。その時、既にこんな素晴らしいサウンドと音楽がこの世で奏でられていたのである。 それにしても素晴らしいアルバムだ。ホント、夜酒を飲みながら聴くには史上最強のアルバムである。 というわけで、改めてレイさんの、ご冥福をお祈り申し上げます。 #222 『キース・ジャレット&チャーリー・ヘイデン/ジャスミン 』大震災、電力不足、食中毒、放射線、政治崩壊と暗いニュースばかり続く。 そんな絶望的なこの国で暮らしていくことは実に苦しい。 だから心と体を常に自愛しなければならない。今はもしかしたらそれが1番大切なことかもしれない。 で、わたしは見つけた。 この極上のBGMでゆっくり休めば蘇生できることを。 それが、このアルバム『Jasmine/Keith Jarrett & Charlie Haden』だ。 だが自分にとっては、いまさらあまりに当たり前なメンツである。 彼らは、わたしが最も好きなピアニストと最も好きなベーシストであり、その二人によるデュオである。 とはいえ、これが30年ぶりの再会セッションである。単独では双方のアルバムはよく聴いていたが、二人一緒となるとそんなに年月が経っていたとは驚きである。 しかし偶然というか先祖がえりというか、この二人はわたしがはじめて買ったJAZZのアルバムで知ったのである。それはチャーリー・ヘイデンの「クロースネス」。 20歳の頃「クロースネス」の二人のデュオを聴いて、わたしは初めて目の前のJAZZの扉が開かれたのである。 実はわたしは、JAZZの編成ではピアノとベースのデュオが最も好きな組み合わせである。 ピアノトリオもいいが、たまにドラムスがやかましくなるときがある。そういうときは大体疲れているときで危険信号である。そういう時は、PとBのデュオは最高にリラックスできる。音数は少ないが、奥行きがありスケールも大きい。音の響き自体に癒される。 で、このアルバム。 二人の壮絶なインタープレイやインプロビゼーションを楽しむものではない。 最初から最後まで、あまりにリラックスしたのん気な演奏である。 世界最高、あるいは歴史上最も偉大で巧いピアニストとベーシストが最高にリラックスしたプレイで酔わせてくれる。これほど贅沢なことがあるだろうか。 緩やかで、そして暖かい「For All We Know 」の幕開けは素晴らしく、 「No Moon At All」の軽快な4ビートJAZZはもう、これ以上の楽器は必要ないと思わせてくれる。やはりこれはドラムはいらない。JAZZの醍醐味はやはりウッドベースの響き、その心地よさを心行くまで堪能させてくれる。 基本的にバラードタイプの曲演奏が多く、それがまたいい。キースは病気復帰後から本当に変わった。すごく優しさとサービス精神に溢れてきた感じだ。特に「Body And Soul」も選曲もアドリブも最高で、個人的には反則と思えるほどの心地よさ。 両者の楽器の音は相変わらず崇高で美しい。キースもヘイデンも一時期、聴きすぎて飽きるときがあり、最近は全然聴いていなかったが、改めて聴くと本当に素晴らしいの一言。 まさに歴史上、最もゴージャスでリラックスできるデュオアルバムの名作である。 #221 『Status Quo/On the Level』ブギーを抱いた渡り鳥。なんとなく思いついただけで意味はない。ステイタス・クォーは、FOGHATと同じく、高校時代から大好きなバンドで、いまだよく聴いている。もう40年来のファンである。実は、わたしのPCのiTuneにも、彼らのアルバムは12枚が収録されている。それほど特別好きなバンドでもある。で、このバンドも、70年当時からわが国の音楽メディアではB級扱いで、曲もブギー一筋で、全曲同じ曲に聴こえるという見当外れの評価だった。 ホント、当時の日本の音楽評論家というのは田舎者で、海外のリアルな状況をまるでわかっていない。英語も喋れないし、第一海外に行ったこともないのがほとんどだった。当時や今でも、Status QuoやFOGHATはスタジアム級の国民的なバンドで圧倒的な人気とステイタスなのである。だが70年代当時から、わが国の音楽メディアは、あいも変わらず自分達が決めた偉大な3大ギタリストとやらを持ち上げて仕事にありついていた。当時まともなことをいっていたのは福田一郎さんぐらいで、「ジミーペイジくらいのギタリストなら米国には3000人はいる」の発言は当時としてはかなりインパクトがあった。当時は、ギタリストの巧さがバンドの格となっていた。そういった音楽とはまったく関係ない評価のヒエラルキーというものが厳然と存在していた時代だった。 で、話は戻って。その見当違い評価はFOGHATも同じで、Status QuoとFOGHATは同じB級のハードブギーバンドとしていつも括られていた。わたしは両方とも大好きなバンドだが、似ていると思ったことは1度もない。当時の評論家は、どいつもこいつも興味も才能もないので、この2つを同じ括りでお茶を濁していた。ま、それは今でも同じだろうが。たとえばあの当時、ラズベリーズとバッドフィンガーも同じ括りだった。「全然ちゃうじゃん。」当時高校生のわたしはバカじゃなかろかと思っていた。そのうちBフィンガーは消滅したので、今度はラズベリーズと10ccを比較していたのである。もはや正気の沙汰ではなかった。 クォーとFOGHAT。確かにブギー主体の曲調で全曲演奏するスタイルは同じだが、それはシェパードとブルドックはどちらも犬だから同じようなものといっているぐらい乱暴で無頓着な表現だ。 勿論、どちらのハードブギーも飛び切りカッコいいROCKである。しかしその味わいは全然違う。まずFOGHATは、もっと極端にブルースに接近している。サウンドがもろ南部ブルースだ。濃密なスライドギターと濃厚なブルース魂炸裂のリード・ヴォーカルはブルース愛に溢れている。そしてブギーROCKのサウンドはかなりハードだ。 対してStatus Quoのサウンドは乾いており、軽快で小気味いいブギーで、あのジャカジャカというギターの刻みがウエハウスの食感のようで非常に気持ちいい。正直リードヴォーカルはFOGHATのように王道で歌い上げないし迫力はない。アメリカで大成功しない(成功する気もないみたいだが)のはリードヴォーカルのカリスマ性と弱さと英国バンド特有の品のよさが災いしている気もする。ウィシュボーン・アッシュと同じで、ヴォーカルの牽引力がなく多重ユニゾンで歌うのが弱いといえば弱い感じもする。だが、これがクォーの持ち味でもあり、曲によってはフォークやカントリー風味も感じるのだ。あとは好みの問題である。 ただギターサウンドはイギリスらしくセンスがいい。独自のノリの職人的リズムギターが最高だ。このジャカジャカジャカジャカの刻みギターブギーは癖になる。ファンは癖になるからこそ、全篇これが聴きたいのである。それを全部同じだという人は非常にセンスがない。つまり日本の音楽メディアはすべてセンス0である。 というわけで、Status QuoとFOGHATは、サウンドもスタイルも全然違うが、唯一共通しているところは、やはりスタジオよりLIVEが全然いいというところ。熱気、迫力、ノリが全然違うのだ。両者とも曲作り、アレンジ、カバーのセンスは非常に巧い。「スウィートホーム・シカゴ」など同じカバーレパトリーもあるが、同じイギリスのバンドでありハードブギー主体のサウンドなのに、ここまでサウンドや持ち味が違うのも面白い。 70年代わたしがはじめてクォーに遭遇したアルバムは「On the Level 」である。だからいまだに、このアルバムが1番好きだ。はじめて聴いたクォーの曲「Nightride」はシビレタ。シビレのスカタンになったほどだ。そして、死ぬほどカッコいい大ヒット曲の「Down Down 」。勿論「Little Lady 」は、今聴いても呼吸が止まるほどカッコいい。一緒に腰が動き続ける。これぞブギーの醍醐味だ。 更に、あのジャカジャカジャカと一緒に腰を刻みたくなる「 I Saw The Light 」はもう麻薬だ。「Over And Done 」もクォーの代表的なパターンで鉄板だ。若干おとなしめの前フリのイントロから入り、そしてあの王道のジャカジャカ・ブギーが始まる。いやはやホント麻薬よ。これ。ブギー底なし沼に沈んでいく感じ。ああ、このカッコイイーブギーナンバーをあと続けて100曲聴きたい感じ。 よく覚せい剤や麻薬をやった人間は一生抜けられないというが、このクォーのブギー麻薬も一度はまったら絶対抜けられない。それほど快感なのだ。これ体験せずして人生を終える人は相当不幸だと思う。いや、人生で最高の快感を未体験で終わるのである。いやはや危険だ。 それにしても、このアルバムは強力だ。すべて麻薬的にカッコいい曲ばかりだ。最もクォーらしいアルバムで、やはりクォーは初期に限る。初期の登り調子の躍動感のかっこよさ。それはFOGHATもZZTopにも共通している。やはり、こういう本物力のROCKは、70年代で既に終わっているのだろうね。当時としては普通だったのだろうが、いまこのスリル、ダイナミズム、躍動感を再現しろと言われたら完全に無理だろう。こんなカッコいいバンド、現在にいないもの。いまはレディ・ガガやヒップポップだよ。ホント、いまの若者は可愛そうだ。ゴミのような世の中で生きているのだなあ~、と思わずにはいられない今日この頃である。 #220 『Melody Gardot /My One & Only Thrill 』メロディ・ガルドーという歌手、そしてそのアルバムの作りは、基本的にはJAZZシンガーのカテゴリーに入るのだろうが、自作もあるし歌唱法自体はあまりJAZZを感じさせない。JAZZ度が低いので、一般のPOPSを聴いているようでJAZZに敷居が高く感じる人にも非常に聴きやすく親しみがもてるだろう。声とアレンジが魅力的なアルバムで一聴して誰もが好きになるアルバムである。 だが、それゆえに筋金入りのJAZZボーカル愛好家にとっては、深みに欠け、味の薄い印象を受けなくもない。事実わたしも、以前から聴いていたが、それほど熱狂的に聴くというほどではなかった。 だが、これが夜のドライブで聴くと圧倒的に声が魅力的なのだ。あまり露骨なJAZZボーカル歌唱ではないので、自然に耳になじむ。この声、昔から映画かなにかで必ず聴いている印象がある。なにか懐かしいのだ。そう、キャロル・キングやノラ・ジョーンズを聴いている感じで声もよく似ている。ただなぜかこの人、ジャケットのイメージもあるのか暗い印象がある。たぶん、そこがいまいち味が薄いという印象だったのかもしれない。それが聴きこむとモノトーン的なお洒落な世界に変わるのである。とにかく夜聴くといい音楽だ。そして映画を見ているような描写力のある音楽でもある。 今回のBGM大賞は走行距離2000km以上なので、たくさんの候補の中からの受賞となった。ロングドライブは夜間走る時間が長いので、やはりPOPSやROCKよりもJAZZが有利になる。しかもインストばかりだと飽きるし。その中でもMelody Gardot の2枚のアルバムは圧倒的に輝いていた。 特にこのアルバムの作りが素晴らしい。彼女の声を最大限に生かしたウィズ・ストリングスのアレンジが絶妙絶品である。オープニングの「Baby I'm A Fool 」が凄い。お洒落でエレガントだ。まるで映画の中に迷い込んだ錯覚すらある。60年代のお洒落なフランス恋愛映画のようで酔わされる。 2曲目「If the Stars Were Mine 」もこれまた絶品。お洒落なボサノバにウィズ・ストリングスでもう眩暈がしそうなほど素敵な世界だ。いやはや心地よい。 このアルバム。ここ数年で聴いた心地よさ度は群を抜いている。JAZZにあまり興味がない人でも、これをきっかけにJAZZボーカルにはまるでしょう。個人的にはメロディ・ガルドーのほうが、ノラ・ジョーンズより100倍いいと思うし大人っぽい。だが彼女の方があの若いノラよりも更に若い。ま、ノラも悪くないが、わたしは彼女の歌は5曲で飽きる。しかしメロディ・ガルドーは、(2枚しか出ていないので全部聴いても20曲ちょっとだが)続けて50曲は聴きたいと思わせるほど魅力的だ。 はっきり言って、ダイアナ・クラールやダイアン・シュアに比べると、飛びぬけた歌唱力ではないが、なぜか圧倒的にメロディ・ガルドーのほうが魅力的だ。歌いすぎないのがいいのかもしれない。とはいえ、勿論彼女も優れた歌唱力の持ち主であるのは間違いない。ハスキーでモノトーンで本当に魅力的な声だ。基本JAZZボーカルで、ここまで気に入った歌手は彼女が生涯初である。 ちなみに彼女は交通事故で頭や神経に重症を負ったためサングラスをしているが全盲ではないということ。たぶんそういう辛い生い立ちのイメージもいい意味で暗いモノトーン的な味になっているのかもしれないが、素晴らしく抑制の効いた秀逸な歌唱法でもある。23歳にして、この深みのあるボーカルコントール、表現力は驚異としかいいようがない。 それにしても「Les Etoiles 」の歌唱や「Somewhere Over the Rainbow」のアレンジはお洒落の極地でございます。全曲絶品の味わいで、自作も多いのでシンガーソングライターとしても魅力的だ。 いやはや久々に出会った極上のボーカルアルバムである。これを聴けば、心底生きてて良かったと思うだろう。それほどの素敵なアルバムである。 #219 『Earl Klugh/Spice of Life 』いまやSmoothJazz界の世界でのアコギ・ギターの第一人者は、ピーターホワイトとマーク・アントワンだそうな。ピーターホワイトはともかくとして、マーク・アントワンのほうは、なぜかわたしのipodにも数年前から入っており結構楽しんでいた。No.1といわれているPホワイトは、別に普通で、昔のアール・クルーみたいでどうといったことはない。というよりオリジナリティがなく平凡だ。 で、昔のアール・クルーを聴いても最近全然インパクトがなく、なにも感じなかった。確かに音はきれいで凄いとは思うが、今聴くと懐かしさ以外は感じない。これはおそらく、当時あまりにも好きで聴きすぎたのかもしれない。一生分聴いたから飽きたという感じだった。 とはいえ、じゃあ最近他にいいアコギターがあるかと探していたら、ケン・ノバーロはよかったが、ケンもアコギ専門でもないし、それ以外あまりいいアコギタ・アーティストに出会わない。というか全部同じに聴こえる。全盛期のクルーはそうではなかった。あんなに美しいギタリストはちょっといなかった。ただアール・クルーをいまさら聴くのもなんだし、最近の若い、いいギタリストはいないかと探していた。 と、同時にアール・クルーっていまなにやっているいのだろう。アルバム出ているのだろうか?それとも、年取って死んだのか?とか、実に失礼なバカにしたことを思っていたのだが。 で、現時点では最新作なるこのアルバムを聴いたのだが、あまりの素晴らしさに唖然呆然である。凄い。凄すぎる。音がまったく変わっていないが凄い。やはりクルーはアコギでは別格だ。ものがぜんぜん違う。なぜ彼のギターの音は、これほど美しく魅力的なのだろう。 アルバムの内容も全盛期の美しさを取り戻している。わたしは熱狂的な彼のファンだったが、それは70年代から80年代の前半までで、それ以降はダンスぽいというか、演奏が騒々しすぎて嫌いになったのだが、このアルバムはすべて穏やかな曲でストリングスまで入っている。年寄りには非常にありがたい。 いやはや素晴らしい。ひょっとして、これ彼の最高傑作ではないだろうか。相変わらず録音もきれいで、やっぱり彼のサウンドは凄い。発表は数年前だが、このアルバムは個人的には今年のベスト1だね。 世の中、アコギ・ギタリストは山ほどいるが、やはり彼は別格。今一度彼の熱狂的ファンになりました。とにかくこのアルバムが凄い。ただ、それ以外の近作は正直よくない。それも事実。あと、あれだけギターの音色がきれいなのだから、ソロギターアルバムがいいとおもうが、これが意外というかなぜか不思議によくない。私個人には全然よくない。やはり彼のギターは美しいアレンジに乗って、他の楽器のプレイとのやりとりの中で魅力的なフレーズが威力を発揮するようだ。 #218 『Sister Hazel/Heartland Highway』いやはや本日良い天気。今週はずっといい天気が続いているが、本日の天気予報は雨の予想だった。が、なぜか完璧な晴天だ。ただ風が強い。まさか春一番ではないだろう。そんなのはとっくの昔に吹いているはずだ。もうGW直前なのだから。 で、春一番といえば、キャンディーズのスーちゃんが亡くなったが、まだ若いのでとても可愛そう。深夜ニュースで知ったわたしも相当のショックだった。当時、熱狂的ファンでもなかったが、3人ともやっぱり可愛いので好きだった。で、やはり同世代だし、昔の映像を見ると懐かしくも、あの人生で最も楽しかった70年代を思い出す。わたしは中学・高校時代が完全に彼女達の活動歴と被っているのである。Queenもそうだ。自慢ではないが、わたしの青春時代はQueenとキャンディーズが完全に被っているのだ。 あれは忘れもしない上京した年である。ある日夕方、いつもの定食屋に食事にいった。そのときTVでキャンディーズが解散を発表したニュースをやっていた。その定食屋は完全な民家で、店のテーブルがいっぱいだったら、「奥へどうぞ」と店主に言われて靴を脱いで奥の部屋に座る。完全によその家に入っていく感じだ。部屋は2つあり店の人の客間であったり居間なのだ。そこに折り畳みのテーブルが2つ並べてあり、見知らぬ客同士が一緒に座っている。学生や仕事帰りのサラリーマン、近所のおじさん、ガテン系のあんちゃん、と多種多様な人たちが座って定食を待っている。皆、雑談したりTVを見たり漫画読んでいたりしている。 わたしは上京するまで、東京は怖いところ、冷たいところと聞かされていたので、寮の周りのこれらの定食屋、喫茶店などに行くと、絵にかいたような下町ぽいのん気なこれらの佇まいに、とても癒されたものだ。だから18歳で上京してもホームシックなどになることはなく、いまだに東京が1番大好きな場所なのである。たぶんそこは学生街だったから特にそういう庶民的なお店が多かったのだろう。 で、話は戻って。定食を待っていると、TVのアナウンサーが「キャンディーズの解散コンサートは**日にご覧のチャンネルで放送致します。」と告示した。と、その時、客の一人が「おおっ!こりゃ**日は、はやく帰えらんといけんな」といった瞬間、全員で大爆笑。言ったのはビールを飲んでいたガテン系のおじさんだった。まったく見知らぬ客同士だが、ここで食事をしていると知り合いの家で食事しているような錯覚に落ちるほどだった。今となっては古い懐かしい思い出ではあるが、わたしはキャンディーズといえば、まずはこの光景がすぐに思い浮かぶのである。本当に70年代は、社会も人間も、そして音楽も最高の時代だった。 というわけで、今回も70年代のアーティストの紹介と思いきや、今も現役バリバリのバンドの登場である。ただし、音は完璧な70年代のROCK、それも王道の極上サウンドである。これほど素晴らしいバンドが今も生き延びていたなんて、生きる化石シーラカンスのようなバンドである。 それにしても時代錯誤と思えるほど70年代サウンドである。あの当時のドゥービーブラザース、オールマンブラザース、イーグルス、レナード・スキナードの音を思い出す。とにかくサウンドも完璧なら、素晴らしき歌心とメロディがスケール大きく素晴らしい。 オープニングの「Great Escape」のギターの音が懐かしくも美しく、渋い歌が爽やかに流れるように広がっていく。これぞアメリカンロックの王道。本当に気持ちがいいサウンドである。 続く「Stay Awhile」もほぼ同じ展開だが、そこがまたいい。とにかくメロディと歌に味があります。そしてこのバンドの魅力はコーラスの素晴らしさ。それも70年代の大物バンドとまったく遜色なく魅力的だ。「Far Away」も本当に琴線に響く素晴らしいメロディと、とにかく歌とコーラスがいい。ホント、歌心があります。 アルバム全体を通してというか、このバンドの特徴は緩やかなスケールの大きな曲が多い。で、そこがまたいい。グルーブ感が抜群なので、うるさくなく寝るときのBGMでも十分いいのである。 「At Your Worst」になってやっとUPテンポになるが、これでも軽快ではあるが騒々しいROCKではなく、爽やかに歌心を満喫できる。勿論、70年代の鉄則であった中間のギターソロ、これもスリリングで王道というかお約束どおりたっぷり聴かせてくれる。 Sister Hazel は、ほんとに隠れたいいバンドだ。そしてこのアルバムを含めて、他のアルバムでも駄作、駄曲がない。すべて見事なクオリティだ。70年代のオールマン、イーグルス、ドゥービーに比較してもまったく遜色がない。実はこんな素晴らしいバンド、まだまだ探せばたくさんいるんだろうな。やっぱりアメリカは広い。そして70年代サウンドは、キャンディーズと共に永久に不滅であるとSister Hazel を聴いて改めて思った次第。いやはや素晴らしく魅力的なバンドである。 #217 『Bob Baldwin/Never Can Say Goodbye 』最近、個人的にも世の中的にも憂鬱なことばかり続くので、気分転換にロングドライブを敢行した。余震も続いているが、なにもかも自粛はよくないと思い、花見気分で昼ごろ出発した。行き先は、距離的に1番手ごろな山梨県の甲府。ビーンもいるし、あまり遠くてもいろいろ大変だし、近すぎるとドライブとしてはつまらない。甲府あたりがちょうどいいかなと思い行ってみたが。 当日は異常にいい天気で花見日和と天気予報も太鼓判。実際の花見は1週間前に自宅近くの野川で済ませたが、もっとたくさん見たいと思っていた。というわけで高速からでも、桜や桃の花と、たくさんの花が鑑賞できた。高速はガラガラで1時間ちょいで甲府の蕎麦屋に到着。あまりの近さに唖然。で、その蕎麦屋でB級グルメで優勝したという鳥もつ煮込みを堪能。レバーは美味いけど味は甘すぎる。ご飯のおかずでちょうどいい。蕎麦は意外にうまかった。しかしあまりの暑さに、とてもビーンを車においておけないので日陰につなぐも心配でバタバタで食べたが一応満足。 しかし、どこに行っても犬好きな人は多い。ビーンを見つけると必ず誰かが寄ってきて人だかりとなる。で、「わたしも同じ犬飼っているけど、この子は何歳?」などと世間話に花が咲く。 その後、昇仙峡へ行くも岩がごろごろでいまいち。昇仙峡影絵の森は、これは予想外によかった。影絵の巨匠・藤城清治、張り絵画家・安井康二、放浪画家・山下清の三氏の作品があるが、特に影絵は美しくてよかった。こんなところにこんな美術館があることは知らなかったが、有名人の色紙や写真が一杯張ってあり、そこまで有名なところは知らなかった。が、影絵の作品を見て納得。非常に素晴らしい。 で、本題だが、うちにはドライブのBGMについてドライブBGM大賞というのがある。ま、わたしが勝手にドライブ用の音源を貯めて、ドライブのときに聴き、「これはいい!」と絶賛するわけだが。ドライブ時、意外にいいアルバムやアーティストに出会ったりする。あるいは通勤時iPodや家で聴いているときはそうでもなかったが、ドライブBGMで聴くと俄然いいという音楽は少なくない。 今回は気分的に疲れているので、スムースJAZZが多かった。で、2011年最初のBGM大賞は、Bob Baldwin氏の「Never Can Say Goodbye」に決定。このアルバムは通勤で聴いているときも、「これ誰?」と曲名を確認していたことが多かったので、元々出来がいいのだろう。 実はこのアルバム、全曲マイケル・ジャクソンのカバー集である。勿論全曲インストルメンタルであるが、マイケルの曲がすべてスム-スジャズにアレンジされ演奏されているのだ。というわけで、企画からして、ちょっと驚きであるが、音を聴くと、もっとびっくりする。というのも見事に心地よいスム-スジャズになっており、あのマイケルのダンスやビートのイメージは微塵もない。 確かに意外な企画だが、よく考えてみると納得がいく。実はわたし、今でこそマイケルには、さほど興味はないが、70年代の「オフ・ザ・ウォール」の頃は大好きだった。勿論クインシージョーンズがPだったので聴いていたわけだが、あまりのアレンジ、曲の素晴らしさのため大好きだった。あの頃、なぜマイケルが好きだったかというと、彼の作曲能力の高さ、メロディメイカーとしての素晴らしさだ。共作、外注作もあるが、BADの頃までだと、ほぼ8割方は彼自身の作曲だ。 ま、このアルバム。そんなことより彼の歌であまりにも有名なこれらの楽曲群が、見事なアレンジで本当に素晴らしいサウンド、音楽に生まれ変わっている。むしろマイケルを知らない人が聴いたら楽しめるのだろうが、これまでパブリックイメージだけで、マイケルを知らない人、あるいは嫌いな人が聴いたら、彼の音楽家としての才能に今一度唖然とするだろう。勿論既存のマイケルファンとっても、原曲のアレンジを比較しながらも新鮮に楽しめるに違いない。あるいはこれをきっかけにJAZZを好きになるかもしれない。それほど素晴らしいアレンジと演奏である。 考えてみるとマイケルの曲は、あのマイルス・デイビスも取上げていたので、元々JAZZとは相性はいいのかもしれない。ただ、どうしても企画のみが話題になりがちだが、この演奏の確かさクオリティの高さがこのアルバムの最大の魅力である。これほどの有名曲なのに、聞き覚えがあるメロディと思いながらも、サウンドや演奏の素晴らしさで、まったくあのマイケル・ジャクソンのイメージを想起させないのが凄い。それから録音も本当に素晴らしく、レンジが広く、芯が太く、スケールが広大で全楽器が美しく響いており文句のつけようがない。高価なオーディオで聴けば聴くほど威力を発揮するだろう。 個人的なお気に入りは、やはりボブのピアノが冴え渡りアレンジも最高にお洒落な「Bad」。導入部のピアノ、中盤のフルートのソロといいエキゾチックでかっこいい。更にどう考えてもスタンダードなJAZZかミュージカルにしか聴こえない「 Let Me Show You 」と「I Can't Help It 」。この2曲など本当に原曲の素晴らしさと、今回のアレンジの素晴らしさが融合した傑作だろう。ボブのピアノがたっぷり堪能できる「I'll Be There 」も聴き応えがある。勿論耳タコシングルヒットの「Human Nature 」や「The Girl is Mine 」もアレンジは新鮮でメロディは超強力なので、わるかろうはずがない。 こういう有名曲集をJAZZにアレンジしたアルバムは過去にも膨大にある。ネタとしてはビートルズやスティービーワンダー、バートバカラックなどが多く膨大に存在する。しかしこのアルバムは、毎回定期的に登場するJAZZ企画アルバムではなく、(勿論発想自体は定例的な凡庸な有名企画だが)いつものそういった凄腕のアレンジャーがキッチリ譜面を書いてアレンジし仕事したエリート企画アルバムには聴こえない。 なぜか、ここまでゴージャスに精密にアレンジされているのに、頭でっかちな冷たさがあまり感じられないのである。たぶんそれは、ボブ自身が単なる企画ではなく、単純にマイケルの曲がすごく好きで敬意をもっているのだろう。そして元フォートップスのバックミュージシャンということで、JAZZというよりもR&Bに強い敬意と執着など同じ黒人ミュージシャンとしてマイケルと似たバックグラウンドを持っているということが大きいのではないだろうか。 とはいえ、意地悪に聞き流せば街の軽音楽に聴こえなくもない。音楽やJAZZにまったく興味のない人にとっては、そう、デパートやスーパーで、なにげに流れている、そこいらのBGMと大差ないかもしれない。ま、元々がスムースジャズの成り立ちがそういったものではあるのだが。 でも、わたしはどんなに考え事をしていたり、忙しく働いていても、このアルバムの曲が流れると、ハタと手が止まり、曲名を確認したほどだ。実はそこまでするアルバムはそう多くない。年に数枚だろう。だがこのアルバムは毎回そうだった。「これ、誰?」とディスプレイを見ると、それは毎回「Bob Baldwin/Never Can Say Goodbye」の表示だったのだ。同じことを、昨日車の中で、奥さんがやっていた。 というわけで、2011年の最初の「ドライブBGM大賞」は「Bob Baldwin/Never Can Say Goodbye 」に決定したことを、ここで発表致します。尚、受賞されたボブ・ボールドウイン氏には何も出ません。あしからず。 #216 【Ken Navarro/Meeting Place】ここ数年、体調不良で個人的にも絶望的気分で生きてきたが、今の日本の惨状はもう本当に絶望的で言葉も出ない。ここまでひどいと頑張れ日本と聞くのも嫌になる。絶望は完全に生きる気力を失う。本当に困ったものだ。 しかし、音楽の力とはすごいもので、やはりいい音楽に出会うと本当に心がやすらぐ。今回久々にそれを感じた。この歳になると、ほとんどのジャンルを聴いているので、もうそんなすごいものには出会わないだろうと思っていた。しかし、あったのである。わたしは今彼の音楽を聴いているとホントに救われる。そして眠くなる。更によく眠れる。しかし反面あまりに凡庸なサウンドにも思える。なのにとても救われる。楽なのだ。それがとても不思議である。 その不思議な音楽とは、Ken Navarro。このサウンドは不思議に楽だ。一見ただのスムースジャズに聴こえるだろう。しかしわたしには飛びぬけて Ken Navarroだけいい。まったく別格に聴こえる。ホント楽なのだ。彼はギタリストなので、このサウンドは、知らない人が聴いたらアール・クルーに聴こえるだろう。アール・クルーとどこが違うのかと聞かれたらわからない。しかしわたしにはアール・クルーより遥かにいい。ギターの音色、全体のムードも違いはわからない。しかしなぜかKen Navarroのほうが楽だ。EGも弾くので、曲によっては、増尾好章、ジョージ・ベンソン等も思い出す。パット・メセニーも彷彿とさせるが、あそこまでまどろこしっくもなく、もっと明快でPOPだ。 この独特な楽さ加減を必死で分析した結果はこうだ。まずクルーよりもギターが前面に出ていない。あるいは出てないような気分にさせる。ギターは、うま~く全体のサウンドに溶け込んでいる。そして曲が、どの曲も緩やかで浮遊感がありながらもディティールはキチンとアレンジされており心地よい。更にリズム感は心地よいがビートが強いダンサブルなものが少ない。非常に爽やかで心地よいが意識的にサウンドビートを柔らかくアレンジ、あるいは録音してあるような感じ。全体のムード、サウンド、アレンジの構築が主流なので、曲によっては1分以上ギターが出てこないものもある。それほど、曲、アレンジがメインでギターなしでも真に曲、サウンドが心地よい。勿論、ギタリストの彼のプレイ、実力は素晴らしい。 結局、彼の素晴らしさは、伴奏なのかソロなのか境界線がないような、あるいはわからないようなギターアレンジのセンスがいいのかもしれない。そして隠し味のような奥ゆかしいギターソロのアドリブ。それが音色もフレーズも絶妙なのである。「オレオレ」とギターだけが主張してこないのに、結局全体のサウンドのかっこよさにブレンドされている、かっこいいギターのフレーズをリスナーは無意識に堪能させられているわけである。これって、なかなか素人にはわからない、気づかせない凄いセンスかもしれない。というわけで、わたしも今だ彼の良さを明確な言葉では説明できない。 ま、明確にわかることは、とにかく曲が魅力的。アレンジのセンスも抜群にいい。ただこのサウンド、100人中99人は「こんなの平凡などこにでもあるつまらんスムースジャズだ」というだろう。楽だといっても、それこそがスムースジャズのサウンドだといわれればそれまでだ。 しかし、やはりわたしには他のスムースジャズとは全然違うものに聴こえる。基本的にスムースジャズといえども、わたしにはかなりうるさいし、やかましく聴こえる。ビートが強すぎて心臓が痛くなるほどだ。特に今は。 今、個人的に心臓が痛くならないスムースジャズは、なぜかKen Navarroだけなのだ。彼はわたしにとって医薬品といってもいいかもしれない。そう。痛み止めが、じんわりと効いてくるような心が楽になるサウンドであり、ほんのちょっぴり生きる気力が湧いて来るような微妙な気だるさ優しさ明るさが感じられるのだ。これちょっとすごいです。個人的には非常に救われる楽なサウンドだ。 ただ癒されるというのと、またちょっと違う。う~ん。この違いを説明するのがまた難しいが。。。 #215 【Freddie Hubbard/Love Conection 】東北・関東大震災から1週間。あっという間の1週間だった。こんなに早い月日を過ごしたのははじめてだろう。あの苦労して帰宅した金曜日から、土日はゆっくり休養したものの、月曜日は朝早く出たにも関わらず、駅は異常な長蛇の列で近づけない。500mは通勤客が並んでいただろうか。あのような異常な光景を見たのははじめて。あまりに凄い混雑振りに、テレビの中継車は来るは、空はヘリコプターが飛んでいるはと、わたしはただでさえ体調が悪いので恐れおののいて自宅に帰った。こんなの駅の改札を抜けるには昼になるだろう。実際、最後尾の人は電車に乗るまで3時間かかったらしい。 で、自宅に帰りTV漬けで、今回の震災の現地の惨状をいやというほど知ることとなる。24時間1週間どこもすべて地震の放送だった。2日目の火曜日は花粉症もあり、更に体調は悪化でまたしても休む。水曜日はやっと会社にいったが、なぜか電車が異常に空いている。京王線もメトロも。第一、朝の新宿駅の人ごみがあきらかに少ない。異様な静けさという感じ。木曜日もそう。東京ではじめてこんなに空いている通勤電車に乗った。しかし木曜日の帰りは都心に計画停電の話が広まり、メトロの駅はどこも大混雑。またしても帰れなくなりそうだった。わたしはなんとかギリギリで難を逃れて帰宅できた。で、金曜日はまたしてもガラガラ。まったくわけがわからない。 都心は基本的にあまり人は歩いていない。車も空いている。しかしコンビニの食料はすべて売り切れ。でも、弁当屋がたくさんくるので、昼飯に困ることはない。ただ、計画停電の情報がコロコロ変わる。常に仕事とネットの情報収集が同時進行で行われている。 というわけで、毎日帰り時間が近づくと、会社は大騒ぎで「帰れるときに帰れ!」の大号令で、希望すれば何時に帰ってもいいシステムになった。 で、あっという間の1週間だったが、気持ちはどっと疲れた。東北の惨状はひどい。原発も最悪だ。しかし、もうあまり心配せず、なるようにしかならないので、毎日頭真っ白でのん気に過ごす。 そんなときに思い出したのがこのアルバム。なぜか35年ぶりくらいに聴きたくなった。79年くらいに出たアルバムだろうか?これはわたし的には、70年代のフュージョンではベスト作に挙げたい。もともとフレディ・ハバートのトランペットは大好きなのだ。 で、ハバートは当時、JAZZとフュージョンのアルバムを交互に出している印象だった。というか、当時のJAZZミュージシャンは、両刀方式が多かった。おそらくレコード会社の強い指示というか命令だったのだろう。同時期に、Cマンジョーネ、Hアルバート、Sジャイラなど、フュージョンの大ヒットが結構あった。ま、わたしは、どちらのサウンドも好きで、このアルバムはジャケットどおりの音で気に入った。特にタイトル曲の「Love Conection 」がお洒落で大好きだった。このオープニングは、お洒落で軽快だが以降は全体にバラードが多く、のんびり寝ながら聴くには最高のアルバムである。とはいえ「This Dream 」のアドリブなど聴き所も多い。 ま、このサウンド、ムードは1番わかりやすくいえばヒノテルの「シティ・コネクション」によく似てる。わたしはあれが大好きなので、当然このアルバムも大好きになった。当時の都会的でお洒落な最先端のかっこいいサウンドである。非常に懐かしいし、今聴いても最高。わたしはマイルスも好きだが、ハバートも大好き。彼はあまりミュートを多様しないので、音が流麗で聴きやすいし暖かいね。そうそう、ストリングスが入っているので、非常にゴージャスでリッチな気分にも浸れるのがいい。ちょうど今殺伐としているので、こういうのを聴きながらボーとするのもいいかも。 当時のふにゃけた凡庸なフュージョンと思いきや、なかなかこれが傑作なのである。さすがフレディ、どのアルバムもきっちりいい仕事しています。 #214 【BrandX/Unorthodox Behavior(異常行為)】いやはや昨日の地震怖かった。そして、その後の首都圏大パニック。不謹慎だが、まるで映画のような不思議な感覚で、わたしは深夜都内の街を彷徨っていた。 当然、地震があったときは都内で仕事中。あまりの長い揺れに、これはもう終わりではないだろうか。一瞬人生の終わりを覚悟したほどだ。揺れが収まった後も、もはや仕事どころではなく職場は全員ネットで情報収集となった。 とにかく電車が全線ストップなので、どうやって帰るかが大命題となった。昔からいつも考えていたことだが、もし東京の交通機関がストップしたら、首都圏に何千万人が幽閉されることになる。ただし、小説の題材としても現実にはありえないと思っていた。なにかが動いているはずだ。そう思っていた。 しかし、現実はすべてストップ。しかも週末。これが通常日であれば覚悟を決めて徹夜で仕事でもするかと、会社で泊り込みも考えるが、なんというタイミングの悪さ。金曜は定時退社日で基本的に職場にいることはできない。それでも事情が事情なので、しばらくいてもいいという話だったが。わたしは見込みが立たないまま、職場を離れた。そこは神谷町。駅に行くと、「本日はメトロもJRも復旧しません。」と駅員。 仕方がないので、同僚と二人、新橋まで歩き飲み屋で過ごす。この時点でも山手線ぐらい動くと踏んでいた。しかし、新橋も光景は祭りか戦争かと思えるほど大群衆でパニック。飲み会後、外に出てわたしはこの光景に唖然と立ち尽くした。それでも同僚は暢気にタクシー乗り場に並ぶ。5列で300mくらいならんでいる。 わたしはここで別れ、新橋のカプセルを探す。しかし人で溢れどうにもならない。またこういうときに限って金を持っていない。そのとき奥さんから電話で都庁に避難しているとの連絡。わたしは再び神谷町に戻り、六本木を目指した。夜だから方角がわからない。しかし六本木まで行けば、昔広尾に住んでいたので土地勘がある。そこから信濃町~四谷方面に歩けば新宿にいけるであろうと、必死で神谷町界隈を歩く。 住宅街を歩くも坂が多く疲れる。目の前に六本木ヒルズは見えるが、高速とか大きな道路が邪魔でたどり着けない。それを越える信号は、500m先くらいに横にいかなければない。歩いても歩いても、どうどうめぐりで目的の場所にたどり着けない。深夜誰もいない麻布の住宅街で途方に暮れた。結局どこに行こうが家には帰れない。道路はすべて渋滞。足腰が痛く倒れそうだ。しかし寒くて道路で寝ることもできない。 そのときふと見ると大江戸線の入り口が。しかも普通に人が出入りしている。なんとなく雰囲気は動いていそう。わたしはホームにいってみた。ちょうど今から大江戸線が再開と駅員が放送している。「やった」これで最悪新宿までいける。しかし電車は満員で乗れない。3回目の電車で、「ぎゃあああ~」と奇声をあげて乗り込んだ。もう恥じも外聞もない。へんてこなやつと思われても電車に乗るのだ。 で、新宿につくともっとパニック。駅はどこも人波でいっぱい。それでも運よく京王線再開。これもなんとか乗れた。というわけで、わたしは奇跡の生還を遂げた。勿論調布の駅前のタクシー乗り場も30mの列。家まで歩き、やっと深夜1時半に家にたどり着いた。TVの大パニックの放を観ながら、よくぞ新橋から帰ってこれたなと自分ながら感心した。奥さんも運よく先に帰宅していた。ビーンも無事だった。 というわけで、信じられないようなことが起きてえらい目にあったが、なんとかなった。で、深夜港区の街を彷徨いながらipod聴いていたのはBrandX。これは21歳ころ(1978年頃か?)大好きだった。当時、ジェネシスのフィル・コリンズがドラムを叩いているということで話題になったので、わたしも買った。あの当時のコリンズはその後の歌手の大成功はまったく想像がつかないほど、プロフェッショナルのドラマーとして評価が高かった。というわけで、特にフィルのドラムが楽しめるデビュー盤のみが取り上げられることが多い。ただこのバンドは全作素晴らしい。でも派手なのはやはりこのデビュー作。 久々に聴いて、がっかりするかと思ったが、いやはや前に聴いたときよりも素晴らしい。全作聴いたが、やはり派手でかっこいいのは、このデビュー盤が飛びぬけている。聴き所は、やはりコリンズのドラミング。素晴らしいプレイをしている。これほどかっこいいドラムのフレーズを楽しめるのは珍しい。やはりこの当時のコリンズはミュージシャンとして切れまくっている。 アレンジも巧い。こういうJAZZ・ROCKは、アドリブプレイということだが、ここまでよく出来ていると、これはすべてアレンジされていると思う。完璧にアレンジされた曲を、アドリブライクにプレイしている感じ。でないと、ここまで曲のフックにピッシャと揃わないだろう。この視点がやはりROCKバンドという感じだ。勿論これはいい意味でいっている。つまりマイルスのようなゆるゆるの演奏ではないのだ。もっとタイトでシャープな演奏で、ボーカルがないイエスのような感じといえばいいのだろうが、あんな幼稚な曲構成でもない。曲の作りはかなりJAZZ的だろうか。 ま、とにかく曲構成を楽しむというより完全にテクニカルなプレイを楽しむのがこのバンドの楽しみ方だ。ギターはホントにもう超絶テクニシャンで物凄い。ほとんどサーカスのようだ。で、やはりROCKのツボを抑えたコリンズのドラmyフレーズがホント、かっこいい。やはり後に彼があれほど大成功したのは、こういうポピュラリティーのセンスが抜群だったからだろう。久々にブランドXを思い出して聴いていたら、ぴったりのタイミングでコリンズの引退のニュースが飛び込んできた。なんたる偶然。やはり虫の知らせか。 それでは、いつもながら前置きが長いが、簡単な曲紹介。まず「Nuclear Burn 」。今聴くとサウンドはもろフュージョン。特に美しいエレピがそう思わすが、ギターとドラムはかなりROCK色が強い。それにしても、通常のROCKバンドではありえないほど、ドラムが大技小技のフレーズを叩きまくる。完全に曲をリーディングしているのはドラムという感じ。とにかくこのアルバムはフィル・コリンズのドラムプレイが最大の利き所で魅力だ。まあとにかく、超絶ギター張り合うように叩きまくる。ドラムとギターがユニゾンでフレーズを撒き散らすというのも凄い。しかしトニー・ウイリアムスのアルバムでもこれほど最初から最後までドラムプレイの洪水というのはなかった。「Euthanasia Waltz 」は哀愁のある素敵な出だし、こういう曲も巧いです。しかし中盤からキーボード、ギターのアドリブ大攻撃。ドラムは延々ドラムドロに近い。 こう聴くと、ドラムのみが突出したバランスの悪いサウンドと思いがちだろうが、それが全然逆であまりにかっこいい。こんなスリリングなサウンドはないのである。とはいえ、BrandXのアルバムでもこのデビュー作のみドラムが突出している。だから派手でかっこいいのだが、他のアルバムではドラムはもう少し引っ込んでいるので、ギターの超絶プレイがやけに目立つ。このアルバムのギターも凄いが、それ以上にドラムが凄いので、あまり目立たないほどだ。これホント凄いアルバム。これほどかっこいいプレイに堪能したのは始めて。全員スーパープレイだ。当時、ジャケットが好きだった。タイトルも「異常行為」で意味深。バンド名もBrandXだなんて、やっている音楽といい、すべて大人っぽく、スリリングで大好きだった。いやはや、今聴いてもこれほど凄いとは信じられないほどである。 #213 【ゲイリー・ムーア/Back to the Blues】 やはり今年が1番寒い。つまり人生で1番寒い冬だ。本当に寒い。歴史上最も寒い。氷河時代より寒い。もし現代に恐竜がいたら、すべて絶滅しているだろう。うちのビーンはストーブの10cm以内から離れない。顔が湯たんぽのように温かくなっている。毎日寒さで100人死なないのが不思議だ。TVのニュースで放送しないのがホント不思議。夏はいっぱい死んでいるのに。なぜ?WHY?東方神起 。。。 たぶんわたしは今年で死ぬだろう。毎年そう思うがなかなか死なない。自分が死なないのに、どんどんいろいろな人が死んでいく。昨年、一昨年と、覚えているだけでも、オスカーピーターソン、ジョーザビヌル、ダン・フォーゲルバーグ、フィービ・スノウ、ハンク・ジョーンズ、マイケル・ブレッカー。その道のビッグネームばかりだ。 で、数日前ゲイリームーアが亡くなった。けっこうショックである。57歳で、まだ若いし健康だったし年齢的にも私とそれほど変わらない。ただ20代の頃、ムーアはわたしが聴くアーティストでは、1番遠い存在のアーティストだと思っていた。しかし不思議な巡り会わせで、そんなに熱心に聴いていたわけではないが、基本的にはいつもまわりに彼の音楽があったことは事実。まず彼が騒がれだしたシンリジの頃だが、彼がシンリジに加入した頃と同時期にわたしはJAZZに傾倒しておりシンリジをあまり聴かなくなった。といってもシンリジ時代のムーアも1枚か2枚しか参加していない。更に当時の彼のソロアルバムもハードロックが嫌いな時期だったので、意識的にまったく聴かなかった。もう予想がつく彼の音楽を聴くことはないだろうと当時は思っていた。多数いるハードロックのギタリストの一人。当時の彼にはそんな印象しかなかった。 しかし運命とは不思議なもので、其の頃(78年頃か)大好きだったフュージョンギターのゲイリーボイルのアルバム「エレクトリック・グライド」にゲイリームーアが客演していた。その1曲が「Hayabusa 」。まあしかし、この曲のゲイリームーアのプレイが物凄い。普通、JAZZ系のギターを相手にすると、Rock系ギタリストは、カッコをつけてフュージョンぽいフレーズを弾こうとしたり、テクニック不足が露呈して恥ずかしいことになるのだが、ここでのムーアは、恥ずかしげもなく、徹底的にサウンドもソロフレーズも完全ハードロックギターで、むちゃくちゃハードに暴れまくり弾きまくっている。いまでいえば完全なKYだが、とにかく全てを凌駕する物凄さ。ちょっとこれには感動した。主役のボイルはこの曲に関しては、完全にムーアに吹き飛ばされている。とにかく、たった1曲のその超人的プレイですべてを変えてしまうムーアは本当に凄いと思ったものだ。このときわたしはROCKは本当に偉大な音楽だと思ってしまったほどだ。繰り返すが、もしこのとき「Hayabusa 」のムーアのプレイを聴いていなかったら、わたしはいまだにゲイリームーアというアーティストは聴いていなかっただろう。 次に十数年前、はじめて噂の新宿西口の「新宿レコード」に行った。当時「新宿レコード」といえば、通のマニアしか近寄っていけないような危険な雰囲気があった。といっても、それはわたしの勝手な思い込みではある。とはいえ店内に入るとき最初緊張した。しかし現実にいってみれば、おばあちゃんが孫を遊ばせながら店番しているなんとも暢気なムードだった。しかし、お客さんがかなりマニアックなバンドのアルバムを尋ねると、おばあちゃん、いとも簡単に「****は来月に入荷しますよ」とマニアックな客と、しばしカンタベリー系のプログレシーンについて談義。その時わたし、内心「おお。やはり新宿レコード」だと感心したものである。その後、若い夫婦ぽい人たちが来て店内賑やかになったので、その人たちが本当の店主だったのだろうが、あの、おばあちゃんの接客と知識は只者ではなかった(笑)。 帰り際、ふと店の掲示板を見ると「ゲイリームーアの新作は現在品切れで、再入荷は未定」と書いてあった。わたしはこのとき驚嘆した。まず新宿レコードのようなマニアックな店でゲイリームーアのようなメジャーなアーティストを扱っていること。更にそれを大きくアナウンスするという客層があることに意外性を感じたからである。意外とヘビメタを主要に扱っていたようだ。それにしてもムーアはわたしが当時、JAZZのフィールドにいたので、この時代、どういう立ち居地で、どれくらいの人気なのかは知らなかった。とはいえ、当時も今も一般的にはビッグネームではない。しかしハードロック、ヘビメタの世界では、もはや至宝の存在ではあっただろうということはわかる。 だいたいブルースROCKというのは日本では熱狂的な固定ファンはいるものの、それほどメジャーではない。FOGHAT、ZZトップ、ジョニー・ウインター、ロリーギャラガー、デレク・トラックスバンド、ジェフ・ヒーリー、ロベン・フォードと、わたしの好きなアーティストはすべてB級扱いだ。 後、80年代好きでエアチェックしていたカセットテープに結構ムーアのLIVEがある。いつか聴こうと思いながら結局聴いていない。で、最近、といってもここ10年くらいだが、ムーアのブルースアルバムをよく聴いている。 でもこの人、やっぱりLIVEだね。こういうアーティストはLIVEがすべて。CDでは、其のよさの1/100も伝わらない。やはり彼のLIVE盤は素晴らしい。だがLIVEは、ほとんどハードロック。勿論それがムーアの本来の姿だろうが。 まあ、今は聴きなれたのでどっちも好きなのだが、わたしのゲイリームーアの本格的な入り口は、この「Back to the Blues」だった。ブルース、ROCK、どっちも素晴らしいバランスいいアルバムだ。まあ名盤でしょう。1曲目の「ENOUGH OF THE BLUES 」の作りは完全にFOGHATと同じだ。ただコーラスやスライドギターでない分、FOGHATとは全体の印象は違うが。 2曲目以降は、「Stormy Monday」「You Upset Me Baby」など、ブルースROCKというより完全なブルースそのものである。元々ハードロック系だから、ヴォーカルに力があり、本来のブルースマンより覇気があって個人的には、純粋のブルースよりはこちらの方が好き。全曲ブルースはレイジー過ぎて飽きるのである。ムーアのすべてのアルバムに共通していることは、本当に全曲全篇ギターソロを弾きまくりたいのだろうね。カバーもオリジナルもそういう作りの曲構成である。 今後、更に素晴らしく渋いアルバムが聴けていただろうに。。。本当に残念。ご冥福をお祈りいたします。
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